エイユウの話 ~夏~
がらりと保健室の扉が開く。保険医が戻ってきたのかと思いきや、入ってきたのは現在授業中であるはずの流の導師だった。彼は驚いた顔のキースと、今にも噛みつきそうなキサカの顔を順に見る。そして尋ねた。
「保険医は不在か?」
意外な言葉に、三人は顔を合わせた。今は授業中であり、流の導師が授業を行っていることは、ここに来ないラジィが証明している。つまり、授業を抜けてここに来たということだ。同じ疑問を抱く三人を代表して、キサカが導師に答える。
「不在ですよ。授業中に何か御用でも?」
「私は薬学の全集を借りに来ただけだ。今はテスト中なんでな。そういう貴様らは・・・」
そこで彼は言葉を切った。その視界に、ベッドに座り込むアウリーが入ったからである。
導師間は思いのほか他人行儀で、決して仲が良い訳でも悪いわけでもない。単に仕事仲間というにふさわしいほどの浅い付き合いくらいだ。そのため、流の導師が心の導師に気を遣って、大目に見てくれたわけではない。心の欠陥と呼ばれてしまっているアウリーは、全魔術共通の実技や筆記系の授業に関しては、心の実技が出来ない分だけ張り切ってがんばっているので、それを知っている導師達に認められているのである。
「次の授業には出るように」と注意だけして、あっさりと流の導師は姿を消した。結局薬学の本を持っていかなかったのが少し疑問だったが、話題としてはすぐに終わらせたい人物なので、男子二人が先の光景を記憶から抹消を試みる。それを阻止するように、アウリーが唐突に呟いた。
「今の授業って、薬草大全なんて使う授業でしたっけ?」
「薬草大全?薬学の全集って他にもあんじゃねぇの?」
アウリーの断定した言い方に、キサカが疑問で返す。キースもキサカに同意で、アウリーを見た。彼女はキースに見つめられる恥ずかしさも忘れ、説明を始める。
「だって、ここにある薬学の全集って『薬草大全』、『薬物大全』、『毒物大全』、『有毒生物全集』の四つくらいじゃないですか」
言われてみれば、確かに流の授業で使いそうなのは薬草大全か有毒生物全集しかない。しかし、有毒生物全集は流の導師自身が所有しており、彼は誰かに貸すような人でも、家に忘れるような人でもない。
ちなみに、薬学の全集は学園内に他にもたくさんあるのだが、アウリーが上げたのは保健室にあり、かつ今回の授業で使いそうなものだけである。すでに何回も受けているので、大体の傾向は解っていた。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷