エイユウの話 ~夏~
「前なら僕は『流の導師を困らせる問題児』としてしか見てもらえなかった。でも、今は違う。『友人の想い人』っていう、男性として思想には入れてるんだから。『前よりマシ』って言葉には、このまま変化し続けることを願った物だよ」
長々とキースは自分の思想を語った。しかし、キサカは彼の一番言いたかった言葉より、前置きにあった台詞がその頭に引っかかる。それが信じられずに、あんぐりと口を大きくあけた。あまりにマヌケな顔だ。そのままの表情で、つい声を漏らす。
「・・・お前、知ってたのか?」
「何を?」
平然と振り返ってキサカの顔を見たキースは、一瞬にして笑いを堪えた。いつも澄ましている彼のこんな顔は、笑い以外の何も誘わない。緊張感のかけらもないキースに、キサカはつい怒鳴ってしまう。
「色々だよ!」
常にどこか高いところにいたキサカの足元がぐらついた。足場が不安定なことに、恐怖感を覚える。それに気付かず、キースは体ごとキサカの方に向けた。姿を消したばかりの春の花のように、緩やかな笑顔だ。
「知ってるよ。アウリーの好意も、ラジィのちょっかいも、キサカがそれを嫌がっていることもね」
「その上で良いんだ」と、彼は言った。そこで、キサカは現状の誤解を知る。全てを把握していない異例なものは、ラジィだけだったのだ。いや、キースが知っているということを知らなかった時点で、彼以外誰も現状を知らなかったということになる。
驚いて黙りこんだキサカとは裏腹に、キースは「でも二人の仲が悪いのはやっぱり嫌だなぁ」などとほざいている。そこでアウリーが目を覚ました。状況判断が出来ない彼女に、キースは丁寧に状況を教えていく。すると彼女はすぐに理解した。
「ご、ごめんなさいっ!」
授業をサボっていることは言わなかったのだが、時計を見て気付いてしまったのだろう。慌てて身を起こした彼女の第一声はそれだった。勢いよく頭を下げたせいで、ベッドの手すりに頭をぶつける。衝撃で取り外しできる簡易な手すりは、いとも簡単にゴトリと落ちた。実に彼女らしくて可笑しくなり、キースは笑いを堪えながらその心配が不要であることを告げる。本当に気にしていないし、きっとラジィが何らかのフォローを入れてくれているだろうという信頼もあった。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷