エイユウの話 ~夏~
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保健室に向かう途中で、キースの頭は冷却された。自分が作り出してしまった状況を思い出し、言い訳を考えていると予測できるラジィを想像する。最後にかけられた彼女のあの言葉が、頭の中でぐるぐると回る。また、彼女を傷つけてしまった。いてもたってもいられなくなって、たまらずにキサカに曖昧な謝罪をする。
「なんか・・・ごめん」
キサカは大して驚かなかった。ただ、少しずり落ちてきたアウリーを背負い直す。
「気にすんな。俺だってサボる口実をいろいろ考えてたところだかんな」
彼は嘘が苦手らしい。今時幼児でも騙されないだろう嘘に、キースは罪悪感を募らせる。肯定的な口は達者ではないキサカにキースを慰める能力はなく、重たい空気を払うようにアウリーを再び背負い直した。
彼ら出会って以来、保健室の常連となりつつあることを自覚するキサカは、手馴れた動作でベッドに彼女を寝かせた。意識はほぼ戻っているようで、今はただ眠っているだけのようだ。もともと、意識が飛んでいたのかはよく分からないけれど。
少しだけ窓を開けると、心地よい風が流れ込んできた。窓辺のカーテンがふわりと舞う。彼女の枕元にキースがパイプ椅子を二脚広げた。けれど、キサカは座らずに薬品棚の近くに寄りかかる。キースは寝ているアウリーを、何が楽しいのかじっと見つめていた。今目を覚ましたら、彼女は恥ずかしさで再び卒倒するのではないかとキサカは少し不安になる。
「ねぇ、キサカ」
呼びかけてはいるものの、彼はこちらを向いていないことは見なくても解る。うつむいたまま反応だけ示すと、彼は言葉を続けた。
「さっき君は、『このままでいいのか』って聞いてきたよね?」
その話をしたのはもう結構前で、キサカはすぐには思い出せなかった。一分ほどして、やっと彼は納得して返事をする。
「ああ、聞いたな。で、お前は『このままでいい』っつったんだ」
「『前よりマシ』って言ったんだよ」
ふわりと笑ってキースは訂正を入れた。金色の髪は色だけでなく髪質も綺麗で、少し動くだけでサラサラと動く。もしあと三センチでも長ければ、少女と間違えられても文句は言えないだろう。綺麗、という感性が乏しいキサカでさえ、その美しさは感じ取れた。
それに動揺することもなく、彼は大きく息を吐く。
「何が違うんだよ」
それにキースは背を向けたまま答えた。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷