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人情日常大活劇『浪漫』

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「んでさー、大和ってばあたしが迫ったらすげードギマギしてんの! かーわーいーいー!」
「ほほう。大和少年も男ですなあ」
「してませんって……」
「あん? そーかそーか昼間のじゃ足んなかったか、じゃあ改めて今やってやんよ! ほーら、お姉さんにあんたの全部、見せてごらんなさい……?」
「仕事中です。っていうかやりません」
「うらやましい限りですなあ、大和君。では大和君が男になった記念ということで、一杯」
「いりません!」
「大和―、3番テーブル上がったからもってけー」
 蓮さんの絡みに、影朗さんがはやし立て、涼子さんはスルー。悲しいほどにいつも通りの『浪漫』だった。
 さて、今日も今日とて『浪漫』では常連客がくだを巻く。蓮さんは、昼間のことなど別段何もなかったかのように、酒をあおっては僕に絡む。
 いや、実際、この人にとっては何もなかったのと同じなのだろう。ただ仕事で、同じ下宿に住む男を使った、それだけなのだ。
「にしても大和、エロ画像見てもまーったく反応ないのよ。つまんないったらないわ。ホント、そっち系なんじゃないのー?」
「ほほう。なんなら大和君、その筋の人を紹介いたしますぞ。こう見えてこの五和影朗、人脈の広さには少々自信がありましてな」
「おーきなお世話です。大体僕はノンケです」
「その割には反応がなさすぎだっての。こんな美少女がからんであげてるってーのよ? 顔面赤面しすげて自然発火起こすぐらいのこたぁしなさいよ!」
「蓮さんが相手だから無理なんですよ」
「はーはっは! よく言ったわ若いの! 年上のおねえさんの本領、見せてやるわ! 二階来なさい!」
「まだ仕事中なんで」
 華麗にスルーの連続である。いい加減、この二人の扱いにも慣れてきている僕だった。
「お蓮さん、言ってはなんですが、その程度の色気じゃあ大和少年は陥落しませんぞ。なにしろほれ、色香の権化のような人と彼は一つ屋根の下にいるわけですし」
 そう言って影朗さんが親指で示すのは、和服の似合う黒髪の美女。(どうでもいいが、ザ・親父なその指し方、やめてくれ)誰あろう、うちの店主であった。
「あん? 色香がなんだって?」
「大和少年がお涼さんの色香にたぶらかされている、という話ですよ」
「いや、違いますから!」
「ふーん。まぁどうでもいいさ」
「おや、お涼さんは大和少年に興味なしですか?」
 不意に、胸が高鳴る。顔が紅潮するのがわかる。先ほどの蓮さんのからかいとは全く違う感覚。興味……持ってくれているのだろうか?
「んなわけあるか」
 ばっさりだった。全く何の抑揚もない一言である。客の目には、目に見えて落ち込んだ僕の姿が写っただろう。
 ……?
 なぜこうも落ち込んでいるんだ、僕は?
「そんなガキに手ぇ出すほど飢えちゃいないさ。ほれ大和、さっさと裏に入りな。薪がもうないんだ」
「はぁ……」
 言われて僕は裏方に回ろうとするが、その時、蓮さんが意外な言葉を放つ。
「さて、もう寝ようかな。お涼ちゃん、お勘定して」
「なにい!?」
思わず叫んでしまった。あの蓮さんが、いつもいつもくだを巻いては僕につっかかり、仕事中だろうとなんだろうと、すっぽんのごとく絡んで話さない蓮さんが、まだ閉店時でもないのに店を出る、だとぉ!?
「普段は冷静な大和にそこまで驚かれると流石のあたしもショックだよ……あたしをなんだと思ってるのさ」
「あ、いやその」
「単に、明日は朝から仕事だから、早めに寝ようってだけよ。っていうか大和、あんたも手伝うんだから、今日は早めに寝なさいよ」
「はぁ、なるほど……」
 頷きながらも、僕は未だに信じられずにいた。言われてみれば納得のいく理由ではあるが、それはあくまで一般論である。あの酒癖が悪い、というかもう因縁をつけてくるチンピラかと言いたくなるほど性質の悪い蓮さんが、仕事を優先して早めに休むとは……一体、明日の仕事とはなんなんだろう?
「なに大和、あんた明日も蓮を手伝うのか?」
 と、涼子さんが横から聞いてくる。そういえば、まだ説明してなかったか。
「ええ、明日は定休日だし、問題はないでしょ?」
「そりゃあそうだが……あんた、よく身体が持つな。明後日からはまた仕事なんだから、無茶はすんなよ」
「だーいじょぶよお涼ちゃん! このあたしが無茶な仕事をやらせると思って?」
 説得力が全くないのだが。
「それもそうか」
 いやだから説得力が以下略。
「ああそうそう、大和、これ見といてね」
 そう言いながら蓮さんが僕に渡してきたのは、携帯式のデータ再生機器と、データディスクだった。これも、今ではかなりの骨董品である。
「これは?」
「映画よ。明日の仕事ってのは、映画の撮影だから。参考資料はスタッフ全員が見といた方がいいからね」
「映画?」
 映画とは、あの、昔存在したという文化作品のことだろうか。
エネルギーが尽きる前、この国に限らず、世界中で数多くの文化作品が作られていたのは知っている。だが、その多くは無尽蔵にエネルギーを使うもの。国政レベルでさえエネルギーを節約しているご時世に、民間でそんな文化作品を作っていると言う話など、聞いたことがない。
「そ。あたしが作ってるのは、何もポルノビデオだけじゃない。ちゃんとした、知的財産だってあるんだから」
 そう言われても、僕は映画というものを話でしか聞いたことがない。ピンとくるはずもないのだが。
「とにかく、見ておいてね。それでだいたい、あたしの作ろうとしてるもんがわかると思うから。そんじゃ、また明日ねー」
 そう言って蓮さんは、『浪漫』二階にある下宿部分へと踵を返した。なんというか、やはり自由奔放を絵に描いたような人だ。いや、映像に撮ったような人、かな。
 そうして蓮さんが抜けると、影朗さんも「では私も」と言って、店を出た。自然と『浪漫』はお開きモードになり、いつもより若干早く、暖簾がしまわれる。僕の仕事も早めに終わりを告げた。

 風呂を済ませて、火照った身体を冷やすべく、窓を開けた。冷たい風が心地よい。僕はベッドに身を預け、くんでおいた水で喉をうるおし、ようやく一息つく。大変な一日だったな。
 そんなほっとした時間の中、蓮さんに渡されたデータディスクを起動させてみる。どのようなものかは知らないが、まぁ珍しいものには違いない。とりあえず好奇心も刺激され、結構興味も湧いたので、映像を再生した。
 そこに描かれているのは、とても奇妙で、それでいて美しい物語だった。
大昔、まだエネルギーが尽きるどころか、その活用法さえ確立していないような時代。そんな時代を生きた、男女の物語。
 様々な要因が重なって、その男女は一緒にいることができない。今と同等か、それ以上に物資のない、苦境を絵に描いたような時代のためであったり。あるいは、二人の仲を決して認めない家の問題であったり、彼らには本当に様々な問題があったのだ。
 そして、その男女二人自身もまた、いろんな苦しみを抱えて生きていた。
 それは育った家庭の問題であったり、性的な問題であったり、心の問題であったりした。そんな二人が、反発し、苦しみ、痛みを抱えながらも、ともにいようとする姿に、僕はがらにもなく時を忘れ、引き込まれていた。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人