人情日常大活劇『浪漫』
エネルギーが不足し、工業製品の生産も縮小され続けている昨今、もはや家庭に映像をさせる機材も普及していなければ、それを使用するための電力も供給されていないのだ。どれだけ映像が優れていたとしても、それを消費する人間がいなければ、蓮さんの言うようなビジネスは成立しないはずである。
「あまいわね、大和。世の中金ってのはあるとこにゃあんのよ。それに、自分で見るだけが消費じゃないわ」
「あー……」
言われて納得する。確かに、この手の映像なら使い道はいろいろあるだろう。なにも、自己の性欲処理だけが映像というメディアの使い道ではない。その道のプロ いやというほど知っている世界でもある なら、確かに大金を出してでもこれを欲しがるだろう。そして、それを利用し、出した金を越す大金を得ることだろうともさ。
「わかった? ま、こちとらこれで飯が食えるんだからね、有難いもんよ。それともあんた、盗撮なんていけません なんてことを言う人?」
「……」
そんなことを言いはしない。今更、その程度でどうこうしようという気は失せている。誰かはこの映像で儲かるし、誰かがその金で飯を食う。そして、例えばこの壁の向こうにいる誰かは泣くかもしれない。
けれど、それだけだ。
それだけなんだよ。
「安心しな。この向こうにいる人間も了承済みだから」
「……」
前言を撤回しよう。誰も泣かないらしい。本当に、需要と供給が一致しているだけだ。
画面では、相も変わらず男女の営みが行われ続けていた。
* * *
「にゃはは! いい映像撮れたわ! 今日はお疲れちゃんだわね、大和!」
「はぁ」
街が夕焼けに赤く染まり、夕方独時の寂寥感が胸を支配する。ぽつぽつとランプの灯りが辺りをゆっくりと照らし、国の活気を吸い尽くしてるんじゃないかというくらいに、街路という街路に人があふれかえるころ。
僕と蓮さんは、並んで歩いていた。
とりあえず今日の仕事は無事に終了し、約束していた報酬は手に入った。いろいろと思うところはあったが、労働の報酬には違いない。しっかりと受け取り、懐にしまった。
「んじゃ大和、あたしこれの編集があっから、先帰っといて」
「はぁ」
さっきから生返事ばかりになってしまう。自覚はあまりないが、疲れているのだろうか。
「ああ、それと、明日も仕事頼める?」
「え?」
明日もって……二日連続でこれをするのか? 正直、少し当惑してしまう。高給は魅力的だが、本音を言えば、それは辞退させてもらいたい。
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。明日の仕事はきっちりしたカタギなやつだからさ。今日みたいな違法すれすれなもんじゃないよ」
「はぁ……じゃあ、何するんですか?」
「それもなーいしょ。明日になりゃわかるって。結構きつい現場になると思うから、よく寝て疲れはとっときなさいよ。それじゃ、ばははーい!」
言って、蓮さんは雑踏の中へと、その身を躍らせていく。数秒もかからないうちに、人に紛れて見失った。本当、疲れを知らない人だ。あの人だけ、常にエネルギーに満ちているような。
僕は一人、街で立ちつくす。あふれる人の大半は仕事終わりなのだろう。明日までの休息を謳歌すべく、笑顔があふれてきているのがわかる。
がやがやという、言葉として聞き取れない人の声。少し早めにはじまったのだろう、酒の会で乾杯を示す音頭。涼秋のさびしさを打ち消すかのような人間の匂いで、辺りはあふれていた。
「ま、いいか……」
この世のどんな哲学をも中断させる魔法の言葉を呟きながら、僕はとりあえずの巣である『浪漫』へと歩みを進めることにした。
一直線で帰ればそれほどの距離でもない『浪漫』への帰り道であるが、なんとなく僕は、少し遠回りをして帰ることを選んだ。特に理由はないが、少し歩きたい気分だったのだ。
繁華街を少し抜け、ベッドタウンへと歩みを進める。華やかさを具現化した部分を少しずれてみれば、そこにはあるのは物さびしさである。人もまばらで、木々は枯れかかり、静けさが場を支配する。活気のある街中とは違う、人の生活する空間。それはそのまま、この国の現状を示すものでもある。
戦争には勝っても、この国は、いや、この世界はいろいろなものを失った。単純な人口だけじゃない。エネルギーを失い、残ったものを奪い合ったところで、今まで通りの生活が送れるわけでもない。はるか昔の栄華を夢に見ながらも、現実にあるのはそのまた昔の生活のみ。
そして、まがいなりにもエネルギー文明に支配された生き方を享受し続けてきた人間に、それを失った生活を送れるわけもない。
この国は、世界は、少しずつ変わろうとしているのかもしれない。その変化の先には、絶望と絶滅しかないのかもしれないけれど。それでも、人の歴史の流れは、人自身にも止められはしないのだ。
ってな風に、少し哲学的な気分に浸っていた時、呆けた頭に向かって、不意に声がかかった。
「あれ、大和。なにやってんのあんた」
みると、給仕服がよく似会い、長い黒髪を垂らした美女がいた。手には食材の詰まった紙袋を携えている。
「涼子さん」
「あんた、蓮の手伝いだったんじゃないの?」
「ええ、それが終わって、帰ってきたところです」
「そう。んじゃとりあえず、荷物運び手伝いな。これも仕事のうちだよ」
「はい」
そう言われて、涼子さんの持っていた紙袋のうち、いくつかを受け取る。結構重い。『浪漫』で仕事をしてる中でも思ったことだが、涼子さん、女性にしてはかなり鍛えているようだ。これまでの人生、何をしていたのだろう。
「蓮の手伝い、どうだった?」
「いや、まぁ、どうということも」
「そうか? 蓮の仕事って、男は結構ノリノリ手伝うもんだと思ってたけど」
偏ったイメージだと思ふ。男にだって節操というものはあるのだ。
「いや、そういう単純なもんでも……っていうか涼子さん、蓮さんがどういう仕事してるか知ってるんですか?」
「ま、私はあいつともいい加減長いしな。特に詮索はしてないが、ある程度は自然とわかってくるさ」
そんなもん、なのかな。それがわからない僕は、結局まだまだ子供ということか。
なんとなくではあるが、思いついたことがつい口に出てしまう。
「蓮さん、なんであんな仕事をしてるんでしょうね」
「うん?」
「いや、大陸側って、一応戦争の勝利国じゃないですか。別にこの国に来なくっても自国に仕事くらいあるでしょうし、わざわざ渡航してあんな仕事しなくても、って思って」
「んー……」
涼子さんは、やや思案顔になる。その顔に夕陽が当たり、一層線が顕著になる。改めて、吸い込まれそうな美人だな。
「蓮も、影朗もだけど、こんな街での商売してる人間だからね、そりゃいろいろあるさ。けど、あんまり細かいことは本人が言わない限り聞かないし、言いふらしもしないのが暗黙な了解だからね。詳しいことが知りたいなら、本人に聞きなよ」
「はぁ」
まあ、そんなもんなんだろうな。
「ただ」
「え?」
「あいつは、それでもまっすぐな人間だよ。それだけは保障してもいい」
「……」
まっすぐ、か。
懐かしい言葉に思えた。
思えただけだったけど。
* * *
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人