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人情日常大活劇『浪漫』

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 そう言って僕が指さすのは、自分の背中。正確には背負ったカバンの類だ。かなりの重量があり、なかなかにしんどい。蓮さんは、ほぼ手ぶらの状態で手を振りながら口を開く。
「ああ、機材よ、機材。着けばわかるから。でも、どっかにぶつけたりはすんなよ? 高いんだから」
 機材……? 今現在、エネルギー不足から機械の類は使えなくなったものも多いし、大体生産もされていない。そうして廃れていった産業からは当然技術者もいなくなり、もはや電気を使った機械など、高給骨董品レベルのはず。なぜそんなものをまだ未成年、それも大陸からの渡航者である蓮さんが持っているのだろう。
疑念は尽きないが、高給が待っている以上、あえて口には出さない。知識欲など、明日の飯を前にしては風前の灯である。
「お、見えてきたよ」
 そう言った蓮さんの視線の先には、2世紀以上前から繁栄をつづけ、国すら傾いた今でも可憐な華を失うことのない夜の街。男と女の欲望渦巻く、国一番の繁華街が待っていた。

「大和、こっちよ」
 繁華街のど真ん中で降りた僕は、物珍しさに誘われて、思わず辺りを見てしまう。
 『浪漫』のある場所も繁華街ではあるのだが、ここは種類が違う。あちらは主に飲み屋や演芸場など、いわゆる娯楽の類が集中している街であるのに対し、ここはなんというか、性欲の溜まり場という感じだ。あちらこちらに男女両方が裸の絵や写真が飾ってあるし、よくわからない女性型の銅像などもあったりする。昼間だからなのか、まだ人は少ないようだが。
 蓮さんの案内に従って、見知らぬ街を歩く。どうやら蓮さんはかなり慣れているようだ。頼もしい。……この若さでこんな所に慣れているというのは、かなり常軌を逸しているけれど。
 そうして、十数分ほども歩いただろうか。僕と蓮さんは木造の建物にたどり着くいた。
「着いたわ、ここよ」
「あの、蓮さん。ここって」
「ん、知ってんの? 今時こんな商売もあんまりないんだけどねー、大和って意外と博識?」
 親の商売柄、こういう知識は確かに豊富だった。この場所がどういう場所か。それについての僕の中にある知識と、蓮さんの持ってる認識はたぶん相違ないだろう。だからこそ問題なのだ。
「いや、蓮さん、ここ」
「そ、今時はこんな木造のしかないのよね。まぁその分やりやすいってのもあるんだけど」
 そう、そこは男女が逢引きし、自由恋愛を謳歌する場所。平たく言えばラブホテルだった。

*   *   *

 さて、男女二人組ということで特に怪しまれることなくラブホテルに入った僕らだったが、流石に蓮さんとどうにかなるなんてことは想像していない。本当に想像していない。全く、これっぽっちもだ。
 部屋に入ると、大型のベッドが一つだけという簡素さだった。どういうつもりかと蓮さんに問い詰めようとすると、その間もなく蓮さんは
「機材出して。組み立てるから」
 と指示を与えてきた。よくわからないまま指示に従い、機材を出す僕。蓮さんの細かい指示の元、それを丁寧に組み立てると、どうやら小型の映像記録装置  所謂カメラと、パソコンだとわかった。
 昔ならいざ知らず、現在ではどちらもかなりの貴重品であり、かつあまり需要もない品である。本当に、この人がなぜこんなものを……?
 僕が機材を組み立てている間、隣では何やら摩擦音がしていた。少し横目で見てみると、蓮さんがなにやら銃のような形をした小型の金属棒  俗にドリルと呼ばれるもので、木製の壁に穴を開けようと試みているようだった。
「よし、開いた。大和、そのコード取って。反対側はパソコンに接続してね」
 どうやら貫通したらしい。言われるがままにコードを手渡すと、蓮さんはおもむろに、コードを開けたばかりの穴に通し始めた。そして、反対側をパソコンに接続する。すると、なにやらパソコンに映像が映し出された。
「あの、蓮さん」
「あによ」
「これ、所謂盗撮ってやつじゃ……」
「ビジネスよ」
 ……説明、それで終わりかよ!
 心の中でだけの、侘しい突っ込みであった。
「よーし、準備終わり! さて、撮るよ!」
 気合いと共にパソコンをいじり始める蓮さん。なにやら複雑な操作を繰り返し、画面があれこれと切り替わり始めた。特に特別な教育を受けているわけでも技術があるわけでもない僕には、それがどういうものかはわからない。けれど、ろくでもないことをしていることだけは、いやというほどよくわかる。
 蓮さんがパソコンを操作し始めてから、特にやることもないので蓮さんとパソコンを眺めていた僕。しかし蓮さん、なにやらよからぬ事でも思いついたのか、目を半開きにして、
「大和〜、見たい〜?」
 と、邪悪な微笑みと共に口を開いた。
「いや、別に」
 給料はきっちりいただくにしても、この手のことに深く首を突っ込むと非常にやっかいなことになる。長年の経験から得た結論を忠実に守るべく、身を固めていたのだが。
「そーかそーか、そんなに見たいか。そんじゃまー快く手伝ってくれたお礼に、ちらっとだけで見せてあげようかねえ?」
 一言も言っていない言質を取られ、首根っこを押さえつけられた僕は、半ば強引に画面に視線を向けさせられた。
 そこには、男女の営みが映し出されていた。別にさして面白いものを期待していたわけじゃないが、こうも淫らなものを鮮明に目の当たりにすると、
「うわぁ……」
 興奮の前に、むしろ引く。女性信仰なんてものも世の中にはあるらしいが、どんな崇拝をも打ち砕くかのような光景だった。
「あーによ大和。えらく余裕じゃない。もしかして結構、経験豊富? それともそっち系?」
「いいえ」
 どちらも違う。僕はノンケだし、経験があるわけでもない。ただ、こうもまざまざと生の物を見せつけられては、欲を感じる前に、動物的なものに対する忌避感の方が先立ってしまうというだけだ。
 それだけ言うと、蓮さんは目を細め始める。
「あら、そんじゃあれかしら? 画面なんかじゃなくて、やっぱり実際のお姉さんに触れる方がいいとか……?」
 艶めかしい視線を携えて、僕に手を添えてくる。その顔は近くでみると歳の割に妖艶そのものなほど美しく、吐息が鼻をくすぐり、白くつややかな肌が服の上からでもその瑞々しさを感じさせて──って。
「からかわないでください」
「あーら、つまんない男。ま、いいわ」
 心底つまらない、という顔で離れる蓮さん。あいにくだが僕は、そんなものにひっかかるような人生は送っていない。本当だ。
「っていうか、なんなんです? この仕事。盗撮なんてしてどうするんですか?」
「決まってんじゃない。この手の映像はいつの世も金になるからね。需要があるから供給してるだけよ」
「需要って……今時、こんなもん撮っても売れやしないでしょう」
 別に、現代の男が皆揃いも揃って種なしになったわけではない。単に、映像データなんてものを再生できる環境がもうないのだ。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人