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人情日常大活劇『浪漫』

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 女主人は僕と目線を合わせる。ランプの灯りに照らされて、顔がよく見えてきた。釣り目ぎみの、力強い目。透き通るような白い肌に、長い黒髪がよく映えている。石油製品のなくなった今、化学製品に頼ることのない伝統衣装を着ることは大して珍しくもない。しかし、この人のそれは、まるでずっと昔から着ていたように、当たり前のように似合っていた。
「菱石涼子(ひしいしりょうこ)だ。涼子でいい。仕事はおいおい教えて行く。まぁ問題ないだろ。部屋はここの二階を使いな。給料はまぁ、働きを見てってところか」
「え? え、と」
「採用、っつってんのよ、大和」
 と、こうして。
 成り行きだか運命だか催眠術だか詐欺だか知らないが……僕は居酒屋兼下宿屋、『浪漫』で働くことになった。

第一章

 こうして始まった『浪漫』での僕の新生活であるが、始めに断らせていただこう。後悔先たたずというが、そんな格言は知ったことじゃない。先に立とうが後に立とうが、悔いることをやめられはしない。
 つまり、何が言いたいかというと。
「やるんじゃなかった……」
 の一言に全て還元されてしまう。
 いや、別に『浪漫』での仕事自体にそれほど不満があるわけじゃない。接客の給仕係に始まり、薪割りから釜炊きまで、確かに力仕事は多く、きついことも多いものの、仕事自体はそれほど無茶でもない。治安の悪い今の時代である。下宿があり、三食衣類に困らないだけでも、行くあても頼る人間もいない僕のような浮浪者からすれば、有難いとすべきだろう。しかしとりあえず、当面の問題は。
「ぎゃははっははー! お涼ちゃん! お銚子もう一本つけてー! 大和にも! もちろん大和の金でー!」
「あいよー」
「ふむ、では私も麦酒をもう一杯いただきましょう。お涼さん、大和少年にも一杯。もちろん彼の金で」
「あいよー」
「うん? どうしたどうした大和ちゃん。もう飲めないってー? 馬鹿言っちゃいけないってのよさ! 人間、限界と思ったところがスタートなんだよ!?」
「胸に来るセリフですなぁ、蓮さん。若いうちは常に挑戦する心構えでいるものです。さて、大和少年。ここは一つ、限界に挑戦と思って、私と飲み比べと行きましょうぞ」
「……いや、僕、一応仕事中ですので」
 この二人  華(か) 蓮(れん)と五和(いつわ)影(かげ)朗(ろう)である。
 『浪漫』で働きだして数日。この二人の常連によって、僕は未曽有の危機を迎えている。
この二人は常連というか、もはや寄生レベルでこの店に居着いている。二人ともどんな仕事をしているかは知らないが、大体夕方ぐらいになると店にやってきて、営業終了時間ぎりぎりまで飲み続け、終いには暖簾を下げた後ですら、なんだかんだで粘っているのだ。それも安酒ばっかりで。
 主人である涼子さんはこの二人とも懇意であるらしく、まぁ安酒と言えども注文はしてくれる客でもあることだし、特に邪見にすることなく、あくまで冷静に対処している。しかし、僕にはただ安酒でくだを巻く常連どころではない。
「おい大和―! あたしの酒が飲めねえってかー!? よーしこうしよう、あたしと影ちゃん、それにあんたで飲み比べして、負けたやつがここ全額おごり!」
「ふっふっふ……タダ酒ほど旨い酒もありませんからな……お涼さん、お銚子三本……いや五本!」
「あいよ。あんま飲みすぎんじゃないよ」
 この二人、基本的に四六時中この調子で、やたらと僕に酒を飲ませようとする。仕事中だろうとおかまいなしだ。しかももちろん奢りなどという優しさはその影さえ見せず、全部僕の金で。はっきり言って性質の悪い酔っ払いそのもの。
僕もできるだけやんわりと断り続けているのだが、無理やり口に酒を注がれることさえしばしばなのだ。
「大和あんた、飲んだ分は給料からさっぴくからね。ああ、酔って仕事ができなくなったら、その分もさっぴくから」
普段から冷ややかな涼子さんのセリフがことさら冷たい。冷たいっていうか痛い。言葉の暴力という言葉があるが、これは言葉の兵器というか。まだ見ぬ僕の給料大ピンチ。
「よーっしゃ、店長からも許可がおりたな! これで思う存分飲めるな大和!」
「ではいきますぞ大和少年。まず一杯!」
 そう言ってコップを呷る影朗さんと連さん。僕はついていけてないのだが。というか仕事中に飲めるか。
「……ぷはー! ん? あんだ大和、あんた飲んでないじゃん! 飲み比べって言ってんでしょお!?」
「いや、僕受けるともなんとも。っていうか仕事が」
「いかんですなあ……男子足るもの、一度受けた勝負から背中を見せるなど。どうです、蓮さん。ここは制裁の意味でも、二杯連続一気飲みというのは」
「それだ! よおし大和、ダブルで行け―!」
「ちょ、待っゴフっ」
 口にコップが押し込められる。口の中を酒が満たすのがわかった。アルコールのにおいが鼻を貫き、喉を酒が通り抜け、焼けるような痛みが走る。同時に、顔が火に包まれたかのように火照り始めた。
「あははは! いい飲みっぷりじゃん! よっしゃもう一杯!」
「ちょ、待って」
「男でしょう大和少年! いざ尋常に勝負です!」
「いや、僕、仕事」
「「れっつ・チャレンジいいいいいいいいい!」」
 と、こうして。
 僕はまともに下宿代さえ払えず、むしろ借金の心配さえするようなありさまなのだった。
 
*   *   *

「あかん、このままじゃあかん……」
 そういうわけで僕は、ぶつくさと文句をたれながら、昼間の街を歩いていた。
もとより僕は、『浪漫』で永住する気などことさらない。『浪漫』を早めに出て一人立ちするためにも、何よりあの二人の酒のみ不良どもから逃れるためにも、とにもかくにも金がいる。そう考えた僕は、とりあえず昼間の間に『浪漫』の外で何か仕事をしようとしているのだ。(『浪漫』は夕方から営業開始なので、薪割りと仕込みを除けば昼間は割と時間がある)
とは言ったものの。
「子供は雇えねーよ」
「うちじゃちょっとねえ、他あたって」
「けーれ、坊主」
 とりあえず、仕事の仲介所を当たったり、日雇いでの力仕事を数件当たってみたのだが、こんな具合である。無理もないが。
僕はすぐさま金になるような技術は持ち合わせていないし、いくらエネルギーが不足していて人力に頼るようになったため仕事自体はあるといっても、不安定な世の中であることに違いはない。加えて僕はまだ未成年。仕事がそうやすやすと見つかるわけがなかった。
 そんなこんなで、僕は公園のベンチでぐったりと座っていた。人力車が道を通り、子供がコンクリートの割れた道路で遊ぶ様を、見るともなしに眺める。
とりあえず日も暮れてきたことだし、途方に暮れても仕方がない。今日のところは『浪漫』に戻って仕事といくか……と思ったその時。
「あれー、大和じゃん。どしたの? こんなところで」
 どこかで聞いた、否、いやというほど聞いた声がした。振り向くと、やっぱりよく見た姿あった。
 石油製品がなくなり、化学レスの伝統衣装を着る人間が多い中、ひときわ目立つほどに露出の多い洋服を着た、大陸からの渡航者……というか、流れ者。あるいは密入国者? つまりは華(か) 蓮(れん)その人である。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人