人情日常大活劇『浪漫』
「私もただの客ですな、下宿はしてませんが。ここの料理や酒は実に上手いですから。今時これだけ上手い食事にありつくのは、なかなか骨が折れます。食材自体貴重なものもありますしな。そこに来て、ここは安いし上手い。文句なしなのですよ」
「っつうわけよ! あんたもこの店の売上に貢献しなって!」
「いや、そんな無茶な」
「無茶? 無茶ってーことは、無理ってーわけじゃあないのよね? だったら話が早いってのよこのやろう♪」
「ふむ。ではお涼さん、私はとりあえず、『浪漫』オリジナルカクテルから始めて、酒のメニューを一通り制覇して 」
「無茶苦茶だっつってんです!」
再度、思わず声を張り上げてしまった僕に、きょとん、という顔を向けてくる二人。いや、そんな顔をしてくるような会話はしていないだろう、明らかに。どんだけ神経太いんだ、こいつら。
ごほん、と咳払いを一つしてから、僕は再び口を開く。
「助けていただいたのは、どうもです。けど、すいませんが、今の僕にお礼を出せるようなお金はありません。それに 」
「それに? なによ?」
それに、別に助けてくれと頼んだわけじゃない、あんた達が勝手に僕を助けただけなんだ という本音は、流石に胸にしまっておく。
助けてくれなくてもよかった、死んだら死んだでよかったんだ、なんてのは。
聞いて気持ちのいいもんじゃあないだろう。
「…いや、なんでもないです。とにかく、僕はこれで失礼しますんで」
「行くあてはあんのかい?」
水音の響くカウンターの中から、凛とした声が響く。
先ほどの女性が、洗い物をしながら、言葉だけこちらに向けていた。
「お礼云々は別にどうでもいいけどさ……あんたみたいなガキが一人、こんな夜中にこんな場所をぶらついてんだ。しかも、金がある風でもない。行くあてもないんじゃないの?」
「それは……」
ない。行くあてはおろか、帰る場所だってない。
ついでに言えば、今後の見通しだってない。勢いで家を出てきただけなんだから。
出てくるときには、無我夢中で、その後のことなんか考えていなかった。ただ耐えられなくて、逃げ出しただけだ。けれど、冷静になって考えれば、僕はただのガキだ。世の中を身体一つで渡っていくには、力がなさすぎる。
例えどんなに声を上げて、僕はガキなんかじゃない、一人で生きていけるといきがってみても、それがどうしようもない現実だった。
「戦争が終わってまだ十年足らずだよ? 治安の悪さや国の状態くらい、ガキでもわかってんだろ?」
女性の言葉に、僕はぐうの音も出ない。その通りなのだ。エネルギーがなくなって、人には余裕もなくなった。子供でも知っていることだ。
この国はおろか、世界中が混乱しているようなご時世である。たかが十六の子供が一人で、何も頼らずに生きていけるほど、世の中は甘くできてない。それはわかっている。痛いほどわかっている。けれど。
「なんとでもします。ならなくてもします」
僕の言葉に、カウンターの女性は半ばあきれたようだった。
「……はん、そりゃ御立派なことだ。そこまで言うってんならもう止めやしないさ。自由に出て行きな」
「あのさー」
もう出て行こうとしていたその時、女の子が横やりを入れてくる。
「話まとまってるところあれなんだけど、少年さ。実際あんたが一人で街に出たところで、三日ももたずに身ぐるみはがされるのがオチだよ? これから結構寒くもなるよ? 自殺志願でもなけりゃ、少しは考えた方がいいんじゃない?」
……考えたところで、何か解決策が見つかるわけじゃないだろう。人生ってのは、そんなものなはずだ。
そうも考えたが、やはり口に出すことはせず、黙っていた。
すると、沈黙を肯定と受け取ったのか、再度女の子が口を開く。
「例えば、どっかで住みこみの仕事探すとか?」
「住みこみ?」
そりゃあそうなれば、とりあえずの生活は得ることができるだろうし、僥倖ではある。けど、繰り返すが世の中大変な状況だ。仕事自体はまだあるとは聞くが、そんなすぐに仕事が見つかるわけじゃ
「ああ、それはいい案ですな。確かちょうど、住みこみの奉公人に逃げられたばかりの居酒屋が一つ、ありましたし」
「え?」
「だよねー、しかもそこ、美人でクールな女主人が一人で切り盛りしてるとこでさー、常連が結構いるから客足はあるし、一人じゃちょーっときついかも? みたいなとこだし」
「料理も酒もおいしいところですからなぁ、つぶれるのは常連である我々としても非常に心苦しい展開ですし」
「あの、その」
「さて、お涼ちゃん」
「どうですかな?」
二人はそろって、カウンター内 つまりは女性の方へ視線を向ける。女性は、まだ洗い物から手を上げない。だが、否定の表情も見せない。
「ふむ」
女性はカウンターから出て、僕の側によってくる。そのまま手を伸ばし、僕の腕に触れ、足、腰に手を って、ちょっと待て!
「あの、ちょっと」
「ま、確かに煮炊きに薪を使ってる今じゃ、人手はいるしな……力仕事だから、若い男は確かにぴったりだ。身体もそこそこ鍛えているようだし。ここには下宿もあることだし」
「となれば」
「決まりですかな?」
「え、え?」
話が進み過ぎだ。感情がついていかない
「「どうよ、少年?」」
はもりやがった。見事なまでに。
「ど、どうって 」
「うちで」
ため息混じりに、長い黒髪を掻き上げる女性 いや、女主人。お涼さん? ……で、いいのかな。とにかく、その人は、僕の方へと目線を向けて、口元に薄い笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。
その姿は少し。ほんの少しだけど。
「うちで働くかい? ま、ずっとってわけにもいかないだろうけど、当面の間は面倒見てやるけど?」
魅力的に、僕の目には映った。
「いや、けど」
「行くあてもない、金もない」
「外は治安の悪い夜の街、悪鬼羅刹がうじゃうじゃですぞ?」
「悩む余地は」
「ないはずですなあ」
とんでもないコンビネーションで交互に説得してくるおっさんと女の子。やっぱり打ち合わせしてんだろおめえら。
それらの言葉を聞いていると、なんだかだんだん、聞かなければいけない気もしてくる。まぁ確かに、状況は切羽詰まっている。願ったりかなったりのような気も 。
いや。
なんのかんので、それ以外に生きる道はないと、心のどこかで知っているだけかもしれないが。
生きる道がない?
なんだかんだと言っていても それでも結局、まだ死にたくはないということか。
「「少年?」」
「……大和です」
「ん?」
僕もまた、ため息まじりに、観念したように声をしぼり出す。やれやれ、というやつです。
「少年じゃなくて、僕の名前。雪野(ゆきの)大和(やまと)、と言います。歳は十六。僕でよければ、ここ……『浪漫』で、働かせてください」
「んっふっふー」
「これはこれは、さて、お涼さん?」
「ふむ」
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人