人情日常大活劇『浪漫』
とにかく、このチンピラさんの反応を見る限り、どうやら僕に向けて拳銃を撃って、数瞬後、なぜか復活を遂げたようだ。幸運だった、のかな。
「く、くそ! くそくそくそ! てめえもか、てめぇも俺を馬鹿にすんのか!」
このチンピラさん、なにやら自分の中で勝手に理屈を作り出したようだ。何か、今まで馬鹿にされ続けてきたとか見下されてきたとか、その手のトラウマでもお持ちなのだろうか。
別に僕はこの人を馬鹿にはしていない。人間を蔑んではいるけれど、見も知らぬ一個人にそんな感情を持っていては、きりもないし。
「よし、よしよし! だったら今度こそだ……今度こそ、息の根止めてやるあああああああああああああ!」
震える手で、震える指で、再度銃を僕に向けてくるチンピラさん。今度こそこれで終わりか……?
「死ねやあああああああああああ!」
撃鉄が上がる。チンピラさんの指が引き金に当たる。ゆっくりと黒光りする鉄の塊が動き、僕を亡きものにする、鋼の弾が発射され
ガン!
る、と思われた瞬間だった。早すぎてそれがなんだったのかもわからないが、突如としてそのチンピラに向かって、横手から何かが飛んできた。それはそのままチンピラの頭に当たり、ただでさえ虚ろだった目があちこちに回った挙句、チンピラは倒れ伏した。
「……え?」
倒れたチンピラは目を回しているし、銃を手放していた。
どうも、頭がついていかない。どうやら謎の飛来物のおかげで僕は銃弾から救われたらしいが、一体何が?
何が飛んで来たんだ? 何が僕を救った? それに、誰が飛ばしたんだ?
僕はほとんど無意識に、何かが飛んで来た方に目を向けた。瞬間。
ガン!
甲高い音が、ものすごく近い所から聞こえた。具体的には僕の鼻の上ぐらいから。
「あ、げ?」
今度は僕の目が回ったらしい。夜空に咲く花のような星、繁華街の提灯やランプ、人々のざわめき、そして地面。視界が二転三転し、僕は冷たい地面に突っ伏した。
「店のすぐ裏で喧嘩なんかしてんじゃないよ、全く。営業妨害だっつーの……お? 銃?」
なにやら頭上で声が響く。女性のようだ。
単語は聞き取れるが、朦朧とした頭では、上手くセンテンスとして意味が入ってこない。
「なんだ、少年。あんた殺されそうだったのか? 命拾いしたね。けどま、これじゃこのままっつうわけにもいかないよね……おーい、影朗! ちょっと来てくれ!」
なにやら騒がしくなってきた感じがする。面倒なことにならなければいいが……。
まぁ、面倒でなかったことなど、今までに全くなかった気もするけれど。
そんなことを思いながら、僕の意識は完全に途切れた。
* * *
「だからさー、世の中エネルギーが不足してるわけじゃん? そんな時代だからこそ、映画みたいな大衆娯楽が復興する時期なわけよ!」
「ふむ、一理ありますな。ただ、大衆を活気づける、という意味なら、映画のような半ば芸術化した文化よりも、わかりやすいお笑い芸の方がよくはありませぬか?」
「頑固だねえ、影ちゃん。映画もいいよお? 昔この国で流行ったロマンポルノって映画群があってさー」
「その話なら、何回も伺いましたが……おや? お涼さん、少年が気付いたようですぞ」
「ん? そっか。おい少年、大丈夫か?」
そう言って上から僕を覗き込んできたのは、和服のよく似会う、黒髪の女性だった。声や口調からして、意識を失う瞬間に聞いた声の主だと思われる。
「……」
「だいじょぶ? 随分呆けてるみたいだけど」
「……えっと、ここは」
そう言いながら、僕はまだ半分眠っているような身体を起こす。
周りには、煌々と光を放つランプがいくつかに、複数の椅子や、木製テーブル。さらには、その上に乗った酒瓶やつまみ、その前でくだを巻いている人間が何人か。木造のカウンターの向こうには、先ほど僕に声をかけてきた女性もいて、数多くの酒瓶とコップが棚に入っている。どうやらここは、街の飲み屋のようだ。
「ここは『浪漫』。私が経営してる飲み屋だよ」
「はぁ……」
「ちょっと不幸な行き違いがあってね、気絶したあんたを、とりあえず店で寝かしといたわけ。覚えてる?」
「なんか、頭が痛い気もしますけど……余り細かい所は覚えてません」
「そう。ならそれでいいじゃん」
あっけらかんと言い放つお姉さんだった。歳のころはおそらく二十代の前半。店一軒を切り盛りするには、いささか若い気もする。
まぁ、このご時世、若い女性が生きていこうと思えば、確かにこんな飲み屋でも開くしかないのかもしれないが。
「ああ、そういやいっしょにいた銃持ってるチンピラ。とりあえず警察に突き出しといたけど、ひょっとして知り合いだった?」
「チンピラ……ああ」
言われて思い出す。そう言えば僕は、あのチンピラに銃を突きつけられ、あと一歩であの世というところだったのだ。
あと一歩? 既に踏みこんでいた気もするけれど、それもよく覚えてはいない。
「いや、別にそういうわけじゃないです。街で絡まれただけで」
「そ、ならオールOKね」
なにやら開き直ってる感も感じられるお姉さんだったが、まぁ確かに、とりあえず助けていただいたのは確かなんだろう。命に別状もないし、問題も特にない。とすれば、僕がここに居続ける理由もないな。
「どうも、お世話になりました。それじゃ、僕はこれで」
「ちょいと少年」
横から声がかかる。振り返ると、おっさんと、女の子がすぐ近くに寄っていた。
おっさんの方はおそらく30代半ば。今時珍しくスーツなんて着こんで、鋭い目つきに帽子が死ぬほど似合わない。
女の子の方は、おそらく僕とそう歳も変わらない。2、3上と言った程度だろう。TシャツにGパンというラフな出で立ちで、髪は後ろで縛っている。
なんだろう。この人達と関わり合いになるとろくなことにならない気がする。残念なことに、僕のマイナス面での予想は外れたことがない。
「『それじゃ、僕はこれで』? おいおいおーい、さっきの話だと、お涼ちゃん、チンピラからあんたを助けたんだろ? ひょっとしなくてもあんたの命の恩人じゃないの?」
「いけませんなぁ、命を救われておいて『お世話になりました』の一言で済ますというのは。ここは多少とも恩返しをすべきではありませんかな?」
「恩返し。それいいねえ影ちゃん! さて、恩返しと言えばこの少年、何ができるかな?」
「そうですなあ……お涼さんは酒場を経営されているわけですし、どうでしょう、とりあえず少年の金で飲み食いしてみるというのは」
「それだ! そんじゃお涼ちゃん、酒ありったけ! 少年、あんたも飲みな! あんたの金だし!」
「ちょ ちょっと待ってください!」
思わず声を張り上げる僕。打ち合わせでもしているのか、妙にテンポがいいな、この二人……。いやそういう問題ではない。さっきの話だと、どう考えても僕から金を絞り取っておごらせようという意図がありありだ。恩着せがましいというレベルではない。
「ま、まずあなた達は?」
「あたしら? あたしらはただの客だよ。この『浪漫』の常連客。あたしはついでにここに下宿もしてるけど」
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人