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人情日常大活劇『浪漫』

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「おいで、僕の花嫁」
 嫌な色をした目がそう訴えかけてくる。一体私は、この男の何番目の女なのかね。いっそ、この場でこいつを殴り倒して、全部捨てて逃げてしまおうか……などという算段も思いつくが、さすがに却下。自分で自分を苦笑してしまう。
 式は粛々と進められた。
 神父らしい男の言葉で始まり(「汝この男を生涯愛することを誓うか」云々)、別に私が一言も言葉を発することなく進んでいく。もう、すべては単なる予定調和。この場にいる人間は、だれ一人として異を唱えることもない。
 お決まりごとなんだよな、結局。
 こうして私が合衆国に嫁ぐ。それでこの国は、とりあえずでも救われる。私は慰み者として捧げられる、それだけのこと。世界を呪う言葉すら、もう忘れた。
 式は最終場面へとさしかかる。お互いの薬指に指輪を通し、神父の最後の言葉が放たれた。
「それでは、誓いのキスを」
 相手の口が嫌な形に歪む。他人の持っていたお気に入りのおもちゃを、力づくで自分のものにした子供のような、邪悪に歪んだ笑み。……これで終わりなんだな。
 私の顔を覆っていたベールが、男の手によって上げられる。気食の悪い唇が近づいてくる。
 私は意を決し、目を閉じる。せめて、この男の顔を見ないで済むように  

 ズガン!
 
 その瞬間だった。会場内に異音が響き渡る。それは、入口が開いた  無理やりこじ開けられたような音。閉じられた扉を、蹴り飛ばしてくれたような、そんな音。
 入口に会場中の視線が向く。
 そこにいたのは、私が偽りの身分で、少しの間世話をしただけの少年。黒髪黒目、中肉中背。手には硝煙を吐く機関銃を携えて、口許に笑みを浮かべて。撃ち壊した扉を蹴り飛ばし、彼は開口一番、こうのたまった。
「どーも。花嫁ひとつ、盗みに来ました」

   *   *   *

 一世紀近く昔から、その手の団体や組織は存在した。その組織とは、国威発揚を旨として活動し、政治家とのパイプを持ち、時には政治の裏で汚れ仕事をすることも間々あるような、そんな集団だった。
 だが、そう言った活動の性質上、組織は民間人から疎まれることが珍しくなかった。ただ暴力と悪の限りを尽くす卑劣漢と決めつけられ、場合によっては暴力団同様の扱いを受けることもあるほどだったのだ。
 そこに目をつけたのは、合衆国の利益のために動く集団である。彼らの諜報員達は、率先して組織に取り入り、その中へと侵入した。そして世間からの風当たりを悪くするべく、組織の一員として一層の悪事を働いた。つまり世間に、国のためと称して行われる活動が悪だと、認識させようとしたのだ。そうなれば、民間人の国家への忠誠心などは消え去ってしまう。結果として、国力は低下し、合衆国に取って都合のいい属国になる、というわけだ。
 だが、少年の祖父が青年となったころ、異変が起こった。
 少年の祖父は、始めはただの現地協力員としてその組織に入った。しかしその祖父というのが、かなりのカリスマ性の持ち主だったのだ。あれよあれよと言う間に組織の全権は祖父の手に渡り、合衆国の息のかかっていた団員は懐柔され、合衆国人は息をひそめ、組織は純粋な国威発揚団体へと変貌を遂げた。民間人からの評価こそ変わらなかったものの、組織は合衆国側とのパイプを持ったまま、合衆国からの離反を思想とする、一大組織へと変わり果てたのだ。
 結果、合衆国側・自国側双方への密偵活動・破壊活動を行い、両国の友好を徹底して破壊する組織が誕生した。
 産油国との戦争の後も、彼らの活動は続く。敵の敵は味方ということで、戦争中こそ彼らはなりを潜めていた。しかし、戦後合衆国がエネルギー技術を独占し、自国に対して冷遇を続けることがわかれば、彼らは合衆国に対しても徹底抗戦を唱え続け、俗に過激派と呼ばれる集団へとなっていった。
 彼らはその思想を達成するためなら手段を選ばず、どんな残虐な行為をも平然としてのけた。時代が移り、世間から忘れ去られかけても、彼らの活動目的に変更はなかった。
 少年の祖父が亡くなった後も、祖父の息子、つまりは少年の父親へと思想は受け継がれ、活動は続けられた。
 もはや暴力団以上に暴力をふるう彼らは、世間の目を気にすることすらなくなっていた。国威発揚という正義の許、ありとあらゆる残虐な行為を為す父を見て、少年は絶望に立った。父も、その周りの人間も、どれだけ残虐な行為をしても眉ひとつ動かすことはない。そして、それを正義と信じていた。同時に少年は、彼らによって犠牲になった人達も数多く見ていた。 
 絶望し、為す術もなく死んでいく人々を、ただじっと見ていたのだ。
 次第に少年は、心を閉ざすようになる。人間というものに失望し、もう全てがどうでもいいと思うようになった。手足が伸びだすころには、残虐無比な父と、それに従う、何もできない母の許から逃げ出すことだけを、考えていた。
 そして、少年が生まれてから十六年がたったころ。父が少年に対し、銃を握らせた。銃の先には、猿轡と目隠しをされた男が一人。父によれば、なんらかな裏切り行為をしたものだという。父は少年に、彼を撃てと命じた。
 少年は抗おうとした。しかし、それを口にするたびに飛んできたのは、父の拳。殴られる痛みに耐え続けるも、最後には少年の額に銃が突き付けられる。
 父は、少年を跡取りにするつもりでいた。だからこそ、成長した少年には悪に手を染めてでも正義を貫くことを教えようとしたのだ。そして、それができないならば、少年を殺すことすら覚悟していた。
 少年は、自分に銃を突きつける父の目を見て、その殺意を察した。そして、恐怖に制御された身体は、手は、意識とは無関係に男へと銃口を向け、引き金をしぼった。
 男は瞬間、死体へと変わる。かつて人間だったものから噴き出る返り血が、少年の身体にかかった時。目の前が真っ赤で覆われた時。少年は、少年の中にあったなにかは、音を立てて壊れた。その事件のあった日の夜更けには、少年は父の許から逃げ出していた。

*   *   *

「で、繁華街をうろついていたところをお涼さんに拾われて、現在に至っているわけですな」
 式場の警備員相手に、影朗さんが機関銃を打ち続ける。弾は硬質ゴムになっているから、殺傷力はない。しかし、一時的に行動不能に陥らせるだけの威力はある。
「そんなとこです。けれど、今回は」
「親父さんのとこに戻って、助力を仰いだってわけだ!」
 パニックになった会場内で、両手に持った銃を振り回しながら走り抜ける蓮さん(妙にはまってるな)。僕もそれに倣う。周りには、父の部下である軍服姿の男達が群れている。この機関銃も彼らも、父から借り受けたものだ。
 僕は蓮さんに叱咤された後、あれほど嫌いだった父の許に戻り、跡を継ぐ約束をした。その代わりに出した条件が、この結婚を止めること。彼らにとっても、涼子さんが合衆国の許へと嫁ぎ、自国と合衆国の間に強いパイプができるのは、おいしい話ではない。二つ返事での了承だった。
 そして今、僕は国威発揚右翼団体『昇翼会』の若頭として、テロ行為を担っているわけである。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人