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人情日常大活劇『浪漫』

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「黙りな」
 どんな追随も許さない、あまりにも強力で、無慈悲な言葉。それは、自分に対してさえ慈しみのない言葉でもあった。
 僕が、涼子さんの周りにいた人間が言おうとしていることはすべてわかった上で、その上で彼女は断絶を選んでいる。
 なんという、強い覚悟。これを壊せるだけの意志を、僕は持っていない。けれど、それでもなお、すがりつく。
「黙りません。僕は  」
「いいから黙れ。黙って、くれ……」
 語尾に近づくほど、彼女の言葉に力がなくなっていく。その顔は、僕とは逆方向に向けられていて、見ることができない。
「もう、だまってくれ、大和。もう、どうしようもないことなんだよ、これは」
 達観にして諦観。そして嘆願。涼子さんの悲しみが、辛さが、全てわかるような気がした。
 口をはさむことができない。適当な言葉が見つからない。どうすればいい。どうすれば、いい。
 わからなかった。蓮さんのように、無双の意志を持っているわけでもない。影朗さんのように、答えを見出したわけでもない。逃げ続けるだけの人生を送ってきた人間に、そんな僕に、言えることは何もなかった。
 ただただ、自分の無力をかみしめているしか、なかった。

 店の外から、複数の火力発電車の音がした。窓の隙間から、先日押し寄せていたのと同様の、黒服の男達が連れだって出てくるのが見える。
 涼子さんは立ち上がり、ドアへと歩みを進める。木製のドアに手をかけ、ゆっくりと開いていく。
「あ……」
 口を開く僕。だが、やはり言葉は出てこない。
 最後に、涼子さんが振り向く。目が合った。
 涼子さんの、涙さえ浮かべながらも、この上なく強い目線。それは、これ以上の言及を許さない。そしてその目は、その瞳は、これから言う言葉の重みを物語っている。
 その色は、その目は、その表情は、そしてその言葉は。
「迷惑なんだ。これ以上、ついてくるな」
 明快なことこの上ないほどに、言い訳のしようもないほどに。
 拒絶の意志を、現わしていた。
 
*   *   *
 
 空が青く、雲の下を鳥が飛ぶのが見える。身体中、あざと傷だらけだ。ずきずきと痛みを訴える。心は身体以上に空虚で痛んでいても、空だけは相も変わらず、この上ない快晴を示している。
 街の路地裏、ゴミ捨て場。そんなこの世の果てから見る空でも、青さは変わらない。
「やっと見つけた」
 路地の入口から、どこかで聞いたような声がする。どこで聞いたんだっけ。あまり思い出せない。
「……あんた、何やってんの」
「数日も店に帰らず、ぶらぶらと街を出歩き、あげく酔って喧嘩三昧ですか。結構な御身分ですな」
 どこかで聞いたような声、どこかで見たような姿の二人。一人は似合いもしないスーツのおっさんで帽子がそぐわない。一人はラフな格好の女の子。誰かを思い出させるような、長い黒髪。
「……」
「ほら、行くよ。もうお涼ちゃんの結婚式、明日なんだから」
「邪魔をするにしても、あきらめて認めるにしても、こんなところでへたりこんでいる場合ではありませんぞ、大和少年」
「……」
 何を言っているのか、わからない。何が言いたいんだよ。
 僕に、何をさせたいんだよ。
「ほら、立って!」
 女の子が僕の腕を引っ張る。かなり強い力だったから、痛い。
「痛い」
 そんな意思を込めて言葉を発する。たぶん弱い声だったと思う。
 そんな考えが顔に出ていたんだろう。彼女を見つめたら顔をしかめられる。ひきつった表情で、ひっぱたかれた。
「……あんた! 何死んだような面ぁしてんの! お涼ちゃんがあれでいいわけ!? 望みもしない結婚させられて! 今まで何やってたの! 大切な人じゃないの!?」
「まぁ蓮さん、少し落ち着いて」
「落ち着いてられますか! 少なくともあたしは、お涼ちゃんの友達のつもりよ! その友達が望みもしない結婚にかりだされて、供物にされようってのよ! 黙ってられるわけないでしょ! 影ちゃんもそうでしょ!」
「それはまぁ、そうなのですが……」
 言い争う二人。口喧嘩ならどこかよそでやってくれ。もう疲れたんだよ、僕は。
「あんた……何他人ごとみたいな顔してんの! お涼ちゃんがどうなろうと、あんたはどうでもいいっての? どうなってもいいっての!」
「どうでも、いい……?」
 どうでもいいか、だって? どうなってもいいのか、だって?
 笑わせる。
 実に滑稽。
 なにより、そんな自分が、そんな感情を持っている自分自身が、滑稽だった。
「くっくっく……」
「大和?」
「大和少年?」
「あはははっはあははははっははははっははっははは! あはははっはははっははっはあああはははははっははっははっはははっはっははっははっはっははははっははっははっははああははっはははっはははは!」
 声を上げて笑う。腹が痛くて、思わず泣きたくなるほどだ。これほど声を張り上げたのは、久しぶりな気がする。
 いや──生まれてはじめてかもしれないな。
「どうでもいいか、どうでもいいか? そうですね、きっと。どうでもいいんですよ。……だってもう、僕にできることなんて、何もないじゃないですか」
「……あんた」
「僕はね、ずっとそうだったんですよ。ガキの頃から、ずっと。目の前で人が死んで、苦しんで。そうしてる人間をよく知っていて、残虐を絵に描いたような人間をよく見知っていた。それでもね、僕は何もしなかったんです。何もできなかったんです。ただただ、将来のためだとか言われて、この世の地獄を味わう人達を、見尽くしてきたんです。ずっと、蚊帳の外だったんです」
 目の前で絶望に顔をゆがめていく人、あまりの苦痛に発狂してしまう人。数多くの地獄を、僕は見てきた。たとえどんなに可哀想でも、悲しそうでも、何かすることなどできなかった。  
 あの人は、あの人は。苦痛に喘ぎ、絶望に包まれ、死ぬことを渇望した人達は。僕にどんな思いを残していたのか。それを考えることをやめたのは、いつだったか。もう、覚えていなかった。
「そうして僕は逃げ出したんんです。ただただ、見るのが苦痛になって。絶望にあふれる人達すら見捨てて、逃げ出して逃げ出して、逃げ出しぬいて。たどりついたのは『浪漫』だった。そして、そこでも僕は人を見捨てた。売られていく人を  涼子さんを、見捨てたんです。何もできなかったんです。そんな程度の人間なんですよ、僕は」
 何かをするために戦うことも、何かの希望にすがり続けることもなく。かといって絶望に身をゆだねることすら、僕はしなかった。できなかったのだ。
「そんな僕が、今更何ができるっていうんですか。涼子さんのことは、国家レベルの問題でしょう? こんなくだらない、恩のある人すら見捨てることしかしなかったガキ一人で、何ができるんですか。涼子さん本人にも拒絶された、何もないガキ一人で、一体何ができるって言うんですか……」
 何もできなくて、何もやろうとしなくて。ただ逃げ続ける日々は、僕から気力を奪った。もう、何もしたくない。ただ、生き延びてやろう。そう思ったんだ。けれど、それももう。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人