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人情日常大活劇『浪漫』

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 僕のように、それが当たり前となっている世代はまだいいかもしれない。けれど、昔の栄光を知っている中高年にとって、それは、その生活は当たり前にはなりえない。
 そして出てきた案が合衆国との合併、共和国化。海を越えて、ひとつの国になろうという考えである。確かにそれが成れば、政治的な問題はいくつか解消する。生活も、多少は豊かさを取り戻すこともできるだろう。
 しかし、それは。
「……どうですかね。過激派なんかもいますし、そう簡単にはいかないんじゃないですか」
 僕は、努めて冷静さを保ったまま、一般的な意見を口にする。
「過激派か。誇りの問題になるのか、やっぱり」
 国としての誇り、矜持の問題に話は推移する。忠信の意識、民族としての自覚。はるか昔から文化として成立しているそれらは、政治的な思想に敵対するものだった。
 いかに生活が困窮し、経済が停滞していたとしても……いや、だからこそか。そんなときだからこそ、自らの手で自らの国を立て直す時である。それを、自分達を金づる程度にしか思っていない、合衆国なんぞとひとつになるなどとんでもない  そんな風に考える人間もまた、数多く存在しているのだ。
 彼らは、政治家の提言するような妥協を、決して許さない。けれど、そんな彼らを僕は容認できない。
「いや、彼らはただの暴力集団ですよ。別に合併案が絶対に正しいとは思いませんけど、彼らは間違ってる。誇りがあったってどんな事情があったって、人を殺したりしてまで、守る国なんかないですよ。彼らの正義は、正し過ぎるんです。人のための国家が、国家のための人になっているんですから」
「……人のための国家か。確かにな」
 国は、組織はルールは思想は。人のためにあるはずなのだ。人が、それぞれの居場所で暮らすためにあるはずなんだ。それを作り、変えていく立場にある人間が、人を壊し続けるなど、許されていいはずがない。
 そう。
 許されていいはずが、ないんだ。
「わりと考えてるんだな、大和」
 その一言に、ふと我を取り戻す。やばい。冷静を保つはずが、思わず熱弁になってしまっていた。
「まぁ、そりゃ一国民として、これくらいは」
「そっか。なぁ大和」
「なんです?」
「その一国民として、あんたは今、幸せかい?」
「  」
「あんた、いつかは『浪漫』を出ていくつもりなんだろ? 別に私は、それを止めるつもりも権利もない。けど、その先、あんたは居場所を見つけて、幸せになれるのかな。そんな場所が、本当にあるのかな」
 ……なぜ、そんな質問が出てくるんだ。
 僕の未来? 居場所? 幸せになれるか? そんなものは、そんな質問には  
「……わかりません」
 答えられるはずが、わかるはずが、ないじゃないか。
「だよな。ごめん、意地悪なこと聞いたよ。でも、それを為すことを考えてるのが、あいつらみたいな政治家だし、過激派連中でもあるんだ。やり方の是非はおいといても、ね」
「……ずいぶんと、肩を持つんですね」
「そう息巻くなよ。ただ、人の居場所を守るってのは簡単じゃない、って話さ」
 そこでこの話は終わった。まだ多少口論の余地はあっただろう。涼子さんだってこれで終わると思ってもいなかったはずだ。だが、終わらざるを得ない事態へと状況は変化する。
 最初に聞こえたのは、耳を劈(つんざ)かんばかりの轟音。続いて強烈な光が目を焼く。すぐさま商店街に群がっていた人々の、悲鳴が耳に届いた。
 目に映るものを信じられない、なんて経験はそうそうあるものではない。だが、この状況ばかりはまさにそれだ。
 道の真ん中から、火柱と大量の煙が上がっていた。火は露店や居を構えた商店や民家からも上がっている。あちこちで人が傷つき、倒れ、血まみれで喘いでいた。
 道路はあちこちひび割れ、混乱した人々は逃げることさえ満足に行かない。比較的離れた場所で演説をしていた政治家も、あまりの事態に声を失っていた。
 ほんの、一瞬である。
 一瞬前までは平和そのものだった商店街が、地獄絵図と化したのだ。何が起こったのか、理性が理解を拒む。
「大和!」
 涼子さんに横から突き飛ばされる。次の瞬間には横手にあった商店で再度爆発が起こった。店ははじけ飛び、飛来した破片で数多くの人が負傷した。
 呆けていた僕の耳に、機械で拡張された、イカレタ声が届いた。
『我々はぁ! 体制推進組織ぃぃいいい『昇翼会』である! 売国奴と化した腐敗政治家、およびその発言に耳を傾けた人民どもにぃい! 天誅を下したぁ! 我々は誇りある国民の味方である! 立てよ国民! かつての栄華を取り戻すのだあああ!』
 『昇翼会』、しょうよくかい、ショウヨクカイ。その単語を聞いた瞬間に、身体が硬直する。呼吸が止まる。汗が噴き出る。
 目を見開いて、声のした方を凝視する。改造した軍服に身を包み、国家を謳うやつらの姿を、網膜に焼きつける。
 やつらが何を言っているのか、何を主張しているかはよくわからない。いや、本当はわかっているけれど、脳がその情報を排除する。奴らは。奴らのやっていることは。
 まだ。まだ今もってなお、何ひとつとして変わることなく。
 あんなことを、続けているというのか   ! 
「ああああああああああああ!」
 僕は走り出した。過去の映像のフラッシュバックに戸惑いながらも、走り出さずにはいられない。一歩、二歩。足で地面を蹴る。ひたすらに蹴り続け、前へ前へと足を動かす。呼吸が乱れるも、そんなことは知ったことじゃない。
 どこだ。あいつらは、あいつは。一体どこに隠れた   !
「大和!」
 瞬間。頬に激烈な痛みが走る。ひりひりと痛む。走り出した端から、涼子さんに頬を張られたらしい。
「落ち着け、大和! あんたに何があったかは知らないけど! あんたの過去がどんなものか知らないけど! 今は、この瞬間は! あいつらに文句を言ってる場合じゃない!」
 落ち着け? 落ち着けるわけがない。あいつらは、まだくだらない思想を捨て切れず、今も罪もない人を傷つけているんだ。そんなやつらを、そんなくだらない奴らを、許せるわけがない!
「それに、あんた……そんなぼろぼろの身体で、どこ行くってんだ! ちったあ、身体を──周りの人間の気持ちを、考えろよ……!」
 両手で僕の肩を抑えつける涼子さんの、張り上げていた声がしぼむ。彼女の伏せった顔を見れば、その瞳には、大粒の涙が溜まっていた。その輝きが、僕の胸を締め付ける。
「あ……あ……」
 言葉が出ない。舌がうまく回らない。なんといえばいいのだろう。なんと言うつもりだったのだろう。
 膝が崩れ落ちる。怒りが収まっていくのに比例して、身体から魂が抜けるようだ。僕は、腰が抜けたように、その場に座り込んだ。

「大丈夫か? 大和」
「すいません、なんとか……痛っ」
 冷静さを取り戻すと、身体のあちこちが傷ついていることに気付いた。どうやら、先ほどの爆発で怪我を負っていたらしい。
「待ってろ」
 鞄から絆創膏を取り出し、傷口に張り付けていく涼子さん。それで十分ということにはならないだろうが、とりあえずの応急処置だろう。だが──それを僕よりも必要としている人間は、周りにいくらでもいた。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人