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人情日常大活劇『浪漫』

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「明日ですか?」
「そ。ちゃんと手当は出すからさ」
 明日は週に一度の定休日だ。特に予定もなかったので暇ではあるが、どうしたんだろう。デートのお誘いか? などと、柄にもない軽い事案が頭をよぎる。
「別にいいですけど、何を?」
「や、ちょっと遠出に付きあって欲しいんだ。山菜の買い出しでね、安くて品のいいところがあるのよ」
 それを聞いて、僕は少し肩を落とす。要はただの荷物持ちか。まぁ、過度な期待は身を滅ぼすというか。
「わかりました。朝からですか?」
「うん、けっこう早め。汽車で少しかかるぐらいの距離でね。じゃ、たのんだよ」
 そう言って、廊下のきしむ音がだんだんと遠のいていく。
 山菜の買い出しね。『浪漫』の料理が評判なのは、素材にも気をつかっているから  という話だったが、こういう仕事もあるわけだ。それにしても、定休日にも『浪漫』の仕事に精を出す涼子さんは、本当にこの店のことを想っているようだ。
 商売なんだから当たり前と言えばそれまでだが、ここまで熱心にしている様を見ると、どこか感じ入るものがある。
 さて、とにもかくにも明日は早出である。さっさと眠っておこう。
 そして僕は、風呂にも入らず、枕に頭を預けた。

「おはよう、大和。じゃ、行こうか」
「はい」
 翌朝。まだ陽が東に残留し、赤から白へと光の色が変化し始める時刻。僕と涼子さんは、巨大な鞄を背に、『浪漫』の店先に並んで立っていた。約束通り、遠出での買い出しである。
 繁華街の朝は遅い。たいていの店が夜の商売を営んでいるため、朝から日中にかけては人もほとんどいない。皆夜に備えての睡眠をとっているか、はたまた仕込みに追われているかなのだ。
 閑散とした街。寒さを感じさせる秋の朝を、僕と涼子さんは練り歩く。
 特に会話はないものの、窮屈さは感じない。涼子さんは、そういう人なのだ。
 そこにいて当たり前の人というか、肝心のところまで踏み込んでこないというか。どこにでもいて、誰にとっても居場所になってくれる人。そんな涼子さんだからこそ、荒んだ時代にあっても、酒場なんてのを経営し、私塾まで開けているのだろう。
 ……僕には、無理かな。こんな生き方は。
「大和?」
「え?」
「なにぼーっとしてるんだ。ほら、切符買うよ」
 言われて気付く。どうやらもう駅に着いたらしい。昨夜の眠気でも残っていたのか(なぜか、いまいち寝付けなかったのだ)、何度も歩いたコースなので足が覚えていたのか。とにかく、そこはこの街の中心地だった。
 朝とは言え、さすがに駅前まで来ればかなり人通りも出てくる。この繁華街に向かって来た人、ここからどこか別の仕事場へと行く人。あるいは、故郷に帰る人なんかもいるかもしれないな。
 さて、僕らはそんな人ごみを抜け、切符売り場へと歩く。
「大和、切符は安めのを買っときな」
「え? 遠出なんじゃないんですか?」
「最終的にはそうなんだけど、それまでに寄り道するのさ。山菜の前に、調味料も買いたいんだ。一回降りて、もっかい乗り継ぎだよ」
 道理で、山菜だけにしては鞄が大きすぎるわけだ。僕と涼子さんは降りる駅までの安い切符を購入、再度人ごみを通り抜けてホームへと向かった。

 汽車の快い揺れの中、何気なく涼子さんを見つめる。黒髪黒目、純粋なこの国の人間であることを示す身体的特徴。目鼻はバランスがよく、透き通るような肌は見るものを魅惑する。出るところに出れば、良家のご令嬢として十分通じるだろう。正直、居酒屋を営むような器量には見えない。
「どした?」
「あ、いや、なんでも」
 不意に声をかけられ、焦る。正直に言うにはこそばゆい。適当な話題を振ろうか。
「今日の買い出し先って、どんなとこですか?」
「ん? んー……普通の農家だよ。戦前から畑をやってる人でね。私が店始めるって言い出した時、じゃあ自分達の野菜をお使いなさいって言ってくれた人達。そっからもずっと、安く仕入れさせてくれてるんだ」
「へー……涼子さんの、昔っからの知り合いってことですか」
「まーね。私のというか、私の家の知り合いだけど。結構、由緒正しい農家なのさ」
 そんな農家と知り合いという、涼子さんの家はどんなところなのだろう。疑問は一層湧く。
 まぁ、しかし。過去のこと以上に、家のことを根掘り葉掘り聞かれるのは、涼子さんも御免だろう。自分に照らし合わせて考えてみれば、想像に難くないことだった。
 その時、車内にアナウンスが響く。どうやら到着らしい。
「お、ぼちぼち着くか。大和、降りる準備しときな」
「はい」
 疑問はまたも棚上げとなった。

 降りた先は、『浪漫』のあるような歓楽街ではないが、十分に活気のある市場だった。視界のあちらこちらに商店が並び、バザーのようなテントも見かけられる。その合間を人が縫うように歩きまわり、金銭と物品が流れていた。
 物流も途絶えがちな現代において、このような商店の街は、経済活動をするものにとっては得難い存在である。涼子さんのように、飲食店を営む人間にとってもそれは例外ではない。
「行くよ、大和。買い付ける場所はいつも決まってんだ」
 涼子さんの足取りに迷いはない。どうやら、『浪漫』の仕入れ先はもう固定ルートが存在するらしい。
 透き抜けるような空の下、波を打つかのような人ごみを抜けて歩く僕らだったが、しばらく歩いたところで耳に異音が届く。群衆の活気あふれる声とは明らかに違う、機械によって拡大された声。
『……でありますから! 現在の政策は生ぬるいわけです! 戦争に勝利してもなお政治的問題からエネルギーの供給がうまくいかず、皆様の生活はひじょ〜に困窮しておられることでしょう! ですから今! 合衆国との合併が必要なのです! 合衆国と我が国の合併、共和国化こそが、現状を救う唯一の手段なわけです!』
 街頭演説らしかった。別に聞きたくもなかったが、耳に入ってしまう。貴重なエネルギーを使って騒音を流しているのは、あんた達だろうに。
「合衆国との合併ですって」
「そうなりゃ食料自給も上がんのかねー」
「なんでもいいよ、平和ならさ」
 政治家の演説に対して、街の人々は聞き流しながらも、口ぐちにいろんな意見を述べていく。本当を言えば、このような声にこそ政治的価値はあるのだろうけれど。
「合併、か」
 ふと気づけば、涼子さんも立ち止まり、演説を打つ政治家の話に、耳を傾けていた。
「涼子さん? どうかしたんですか?」
「ん、いや……合衆国と合併話。やっぱ避けられないかな、って思ってな」
 先の大戦で、この国は合衆国に組し、無限エネルギーを得る技術を妬んだ産油国と戦った。だが、相手は石油の尽きた産油国。それは所詮、宗教的な価値観に恨み妬みを乗せただけの、烏合の衆にすぎなかった。結果は火を見るより明らかだっただろう。
 そうしてこの国は戦勝国となった。しかし、合衆国は利益を公平に分配することはしなかった。
 はるか昔から、有事の際に防衛に力を貸すとの条件で、この国から財を貪っていた合衆国である。自国すら危急な状態の時に、他国にまで援助をする余裕があるわけがなかった。
 その結果が今である。国民の生活は困窮し、かつての栄華はかけらもない世界。それがこの国だ。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人