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人情日常大活劇『浪漫』

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プロローグ

「死ねやぁあああああああああああ!」
 星のよく映える夜空の下、銃撃の音が華やかな夜の街に響き渡る。
 同時に、僕の頭に強烈な衝撃が走った。
 頭がくらつく。どちらが下でどちらが上かもわからない。ただ、倒れて行く身体の感覚だけが嫌に鮮明だった。
 身体から力が抜け、なんだか魂すらも抜けて行く感じ。ああこれで僕も終わりか、などと奇妙な浮遊感が心に残った。
 物語の冒頭からなんだが、どうやら僕は銃で撃たれて死んでしまったらしい。

*   *   *

 気がつくとそこは、雲の海だった。
 見渡す限り、地平線の先までも雲で出来ているような世界。見えない地面の上に乗っているような、奇怪な感触。ああ、これがあの世というやつか。僕はそんな風に納得した。
 昔から、世界のいろんな所で、いろんな人が死んだあとの世界というのはどういうものなのか、様々な考察を巡らしたことはあったのだろう。けれど、それを経験として所有できた人はいない。強いて言えば臨死体験をした人がそうだったのだろうが、それでも今の僕ほど鮮明にそれを理解出来た人はいなかったんじゃないか。そんなくだらない、まるでまだ生きているかのようなことを考えていた、その時。
「んだよ、めんどくせえなあ……」
 そんな、イヤに柄の悪い声が、天から響いてきた。
 頭上を見上げるも、ただただ青い空が広がっているばかりで、当然ながら人影など、微塵も姿を現さない。けれど、声は続けた。
「あー、お前死んだのか? それともまだ死にかけか?」
 僕にそんなことを聞かれてもわかるわけがない。漠然とここが死んだ後の世界なんだろうなぁ、という感想しか持ってない人間に、何を言うかこの人(?)は。というか、この人は一体誰だ?
「えっと、あなたは?」
「俺はあれだよ、お前ら人間がよく宗教とか作って崇め奉ってる存在だ」
「……神様?」
「あーあー、まぁそんな感じだ。お前ら人間が言ってるみたいに、別に唯一神だとか八百万だとか、そんなんとは少し違ってくるんだが……まぁ、めんどいから割愛」
 こんなあの世みたいな場所があるんだから、神様ぐらいはそりゃいてもおかしくはないけれど……面倒だから割愛って、もう少し何かあるだろ、いくらなんでも。こんなのが神様だってんなら、そりゃ世界創造の最後に一日休むわな。世の中不完全で矛盾だらけになるのも道理ってものだ。
「なんかお前、今ものすごーく失礼なこと考えなかったか?」
「いえそんな。僕は従順な信者です、神様」
 口から出まかせは、生前のスキルの一つであった。
「信者ねえ。別に俺は、お前ら人間に信じられたいわけじゃないんだがな……結局、お前らの問題はお前らが解決するわけだし、俺が口出すことじゃねえって、まーだわかってねえんだな。まぁ、それはいいや。早速だが、本題に入ろう」
「はぁ」
「お前、もっかい人生やれ」
「は?」
 もっかい人生をヤレ? どういう意味だろう。生まれ変わって別の人生を歩め、とかそういう意味か?
「生まれ変われと?」
「そうじゃねえ。お前の人生はどうやら、夜の街でチンピラに撃たれて終いってことらしいんだが、本来なら……まぁ、運命製造だの偶然性の理論だの、ややこしい話になってくるから深いところまでは説明しないが、とにかく、そこで終わるような人生じゃねーんだ、お前は」
 そこで終わるような人生じゃない、か。それはつまり──本当なら、この先もあったということか?
「ってわけで、もっかいチャンスをやる。だからもう少し生きてみろ」
「いや、いいです」
「なに?」
「別に、もう一度やり直したいとか、そんなのないですから」
「……はん」
 どうやら鼻で笑われたらしい。神にも鼻ってあるんだろうか。
「あーあーあー、なるほど? つまりあれか、別に自殺でもなんでもないけれど、お前はもう自分の人生は十分だったと。あれで満足してるから、あの続きなんて別に欲しくもないと」
「まぁ、そんな感じです。満足ってのとは違いますけど、続きが欲しいなんて思わない」
 そう。もう十分だったんだ、僕は。決して十全な人生ではなかったと思うけれど、というか一も二もなくくそな人生だった気もするけれど。あれ以上何も望んでない。というか、むしろ終わることさえ望んでいたぐらいなのに。もう一度続きをやるなんてのは、御免こうむりたい。
「ほーほー、なるほどなるほど。じゃあお前は、これから俺が地獄に落とそうが煮て食おうが焼いて食おうがどれほど苦しもうが、別に構わないと」
「地獄なんてものがあるとは想像してませんでしたけど……まぁ、別に。構わないです」
 地獄とやらどんな場所かは知らない。救われない魂が寄り集まっているのか、餓鬼畜生の類の溜まり場か。ろくな所ではないのだろう  けれど。焼かれようが煮られようが、それでも。
 僕が今までいた所よりは、幾分かましなのではなかろうか。
「そうかいそうかい。よーくわかりましたぜこのやろう」
「わかっていただけましたか」
「ああ、決定だ。お前の処分はたった今決定した。お前に取って、最も苦しいことをしてやる」
「はぁ」
「お前、やっぱりもう一度続きをやれ」
「え?」
 地の池にでも行くのか、針の山にでも寝かせられるのか。取って喰われるのか切って捨てられるのか。そんな風に想像していたが──なぜそうなる?
「もうごめんなんだろう? だったらそれが、お前に取っての地獄だ。得と味わえ」
「ちょ、ちょっと」
「なぁに、そう長いもんじゃないさ。せいぜい、あと百年やそこらだ。まぁ楽しんでいけや」
「い、いやいやいや! 僕はあの世行きでしょ? 針の山なり血の池なりでしょ? なんで!」
 なんであんな場所に──もう一度帰らなきゃいけないんだ!
「はん、それがお前の運命ってやつさ。もう一度人生続けて苦しんで辛がって、何度でも死にたくなるような目に遭って、それから死にな」
「な……!」
 ばくん、と。
 身体の中から音がしたようだった。
 たぶんそれは、心臓が動いた──再度動き始めた音だったのだろう。
 そう自覚した次の瞬間には、僕の意識は雲の下へと落下していた。周りがすごい景色で変わっていく。もはや雲ははるか頭上。
僕は重力の導くまま、落ちる、落ちる、落ちる  。
「精々気張って生きてみな。もう一度やってみれば、もう少し続けてみりゃあ  何かが見つかるかもしんねえぜ?」
 遥か下に意識が落ちて行く中、そんな言葉が耳に届いた気がした。

*   *   *

「て、てめぇ! なんで生きていやがる!?」
 気がついた時、そこは夜の街、それも路地のようだった。表通りに目を向ければ、あちらこちらに提灯やランプの灯りがともり、暗闇の中、活気が感じられる。
 なんだったっけな……何かすごい経験をしていた気がするんだが、思い出せない。妙に頭はすっきりしているのだが。
 この目の前のチンピラ──目がかなり虚ろなことから、たぶん麻薬中毒者か何かだろう──に、銃で撃たれて、弾丸が頭にかすって、そこから記憶が少し飛んでいる。
 かすって? 本当にかすっただけだったのだろうか。
「なんでって言われても」
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人