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人情日常大活劇『浪漫』

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 そうして実際に相手国に乗り込み、ある戦術的に重要となっている都市へと襲撃かける作戦に参加しました。戦局は圧倒的に自分達が有利で、負ける要素は何もなかったのです。そして、襲撃は実行されました。
 やはりというべきでしょうか、襲撃自体は成功でした。都市に正規の軍隊はほとんどおらず、反撃と言えばゲリラのみ。そんな戦法にひるむことなく、住民を捕らえ、捕虜にしていきました。やがて都市は陥落し、我々の勝利となったのです。
 そしてその夜、勝利の宴が開かれました。私も、仲間たちも酒に浮かれていました。かなりの泥酔でしたな。ひとしきり宴を楽しんだところで、酔いを醒ますべく、私は近くの森へと行きました。森に流れる川で、顔でも洗おうかと思ったのです。今思えば、行くべくして行ったのかもしれません。
 そこで私は、勝利の宴とは違う、おぞましいものを見たのです。
 我々の尊敬すべき上官たちと捕虜の繰り広げる、醜悪この上ない、恐ろしい宴を。
 星のない夜でした。川に立ち寄った後、私はすぐ近くにテントが張られていることに気付きました。捕虜が森で収容されていることは聞いていたので、さほど驚きはしませんでした。しかし私は、そこから呻き声のようなものが漏れていることに、気付いたのです。
 真っ暗な森の中、私は四つん這いになり、テントの裾から中を覗きました。
 そこでは多数の捕虜が、苦痛に叫び声をあげていました。捕虜は男女で分けられ、男性は上官の思うがままに殴られ、なぶられ、刺され、切りつけられ、苦しみに苦しみ、喘ぎ続けていました。女性は裸にされ、あらゆる道具を使い、雄の本能のままに凌辱の限りを尽くされていました。そして、それらを行う上官たちの顔。今でも忘れられません。
 笑顔でした。さも楽しそうに笑っていたのです。まるで、子供がお気に入りの玩具を買ってもらったかのように。
 人間というのは、ここまで残忍になれるものかと、戦慄すら覚えました。
 その時です。捕虜のうちの一人が上官の目を逃れ、脱走を試みました。そうですな、ちょうど大和少年ぐらいの歳ごろの少女でしたか。捕虜の向った先はテントの裾。つまり、私がいたところでした。その捕虜はわずかに開いていたテントを上げ、ちょうどそこから覗き見ていた私と目が合いました。同時に、私の存在に気付いた上官は、私に彼女を捕らえるように命令しました。
 私は命令に従う義務感と憐憫、そして混乱でいっぱいになった頭のまま、彼女を捕らえました。生まれたままの姿だった彼女のぬくもりを感じました。その温もりは、自分と同じ人間のものでした。そして上官は自分の元に彼女を呼び戻すと、「罰を与える」と愉悦に歪んだ目でのたまったのです。
 そして私の手には、一丁の拳銃が渡されました。上官は私に、彼女を撃て、と命じました。他のものへの見せしめだ。ともね。
 私は当惑しました。彼女は何の罪もない、一般人です。我々はただ、戦略的に有利にことを進めるためだけに、この都市を襲撃したはずではなかったのか。なぜ彼らは、これほどまでの暴虐に苦しんだ挙句、死ななければならないのか。私にはわからなかった。
 彼女の目は、恐怖と混乱で見開かれていました。裸のまま、私に乞うような視線を送り続けました。「やめて、殺さないで」、言葉こそわかりませんでしたが、そう言っているように見えましたな。あまりの理不尽を突き付けられた人間の発する、ただ生きることだけを嘆願した、悲しい目だったのでしょう。
 上官は命令を実行しない私に苛立っておりました。早くしろ、と怒号が飛びました。次第に上官たちすべてが催促をし始め、最後には私にも銃が突き付けられました。撃たないのなら、私を反逆罪で処分する、とね。私の手は、混乱と恐怖で震えました。四面からは上官たちの怒号が飛び、捕虜たちの不安と制止を願う視線が行きかい、彼女の恐怖に震える顔がありました。そして、何も考えられなくなってしまった頭で、震える手で、震える指で、私は彼女に銃を向け  
 撃ちました。何度も、何度も。弾丸をすべて撃ち終えても、なお引き金を引き続けました。
 一瞬の静寂の後、捕虜達からは悲鳴が上がり、上官たちは笑いだしました。狂ったように笑い続け、私をほめたたえてきました。その時、私がどんな顔をしていたのか、私は知りません。もう、何も感じられなくなっていました。ですが、身体だけは正常に機能し、私の目は、死んだ、たった今自分の殺した彼女の顔を、覗きこみました。そして、彼女の顔は  

*   *   *

「笑っていたのです」
 話の間にすっかり陽は落ち、星空が顔を覗かせていた。子供達は家へと帰り、辺りには静けさと、わずかな木々のざわめきが残っているばかりだった。少し、梢の雪が舞う。
「もう、これで終わるのだ、と。最期を受け入れたような、そんな笑顔でした。私はそれを見たとき、どうしようもない罪悪感と、理不尽、そして疑念を同時に味わいました。自分のしでかしたことと、それが起こした結末に。どうして、死ぬ瞬間に笑うことができるのか。笑いというのは、国を救い、自分の人生に満足した時に出るものではなかったのか。自分の価値観が、崩れ落ちていくのを感じましたよ。これまで私のやってきたことはなんだったのか、とね」
 影朗さんは、淡々と語っていた。過去の自分を、まるで録画した映像を流すように。だがその瞳は、決して絶望しているようには見えなかった。覚悟に満ちているように、僕には思えた。
「その後も戦争は続きました。疑念を持ったまま、私は戦い続けました。なぜ彼女は笑うことができたのだろう、笑顔とは、幸せとは、本当に自分の求めた先にあったのか。そうして疑問を解決できないまま時は流れ、戦争は終わりました」
「……」
 口をはさむ余裕もない。それだけこの話には、迫力があった。辺りからの虫の声が頭に響く。
「そして私は、疑問の答えを求め、あちこち流離いました。幸せとはなんなのか。戦争に勝利しても、この国には豊かさが戻らなかったのは周知の事実です。私の求めた先に、国を救った先になかったのなら、幸せは、一体どこにあるというのか。探し続けたのです。けれど、その答えはどこにもありませんでした」
 木枯らしが吹き、秋の夜特有の肌寒さが身体を襲う。公園のブランコが、さびしげに揺れていた。
「けれど、見つからなかったとき、見つからないとわかった時。逆説的ですが、私は一つの答えを得ました。どこにもないのなら、答えがないのなら、自分で作りだせばいい、とね」
「それで芸人  ですか」
「ええ。もう、あの捕虜の彼女のような、悲しい笑顔は見たくないのですよ、私は。先が見えない時代だからこそ、少しでも楽しみを得てほしい。温かな、本当の意味での笑顔を持ってほしい。そういう思いを込めて、演芸の道に進んだのです。もっとも見ての通り、成果はまだ挙がっていませんがね」
「でも、やめないんですね」
「もちろんですとも。これは、私の得た答えです。成果があがろうと挙がるまいと  いや、挙がるまでやり続けます」
 拳を力強く握りしめ、目の高さに掲げる影朗さん。
 強いな、この人は。
 正直に、そう思った。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人