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人情日常大活劇『浪漫』

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 しかし、客として扱うなら、最初から働かせないで欲しいものである。
 そうこうしているうちに、開場の時間となった。

 開場から開演までは時間がある。だいたいどんな演劇や舞台であっても、その間に徐々に人が入り、最終的に客席が人で埋め尽くされるものだ。だから僕は、少しづつ人が入ることを期待して待っていた。
 しかし、である。
「まばらだな……」
 開演間近となっても、人はまばらで、客席は明らかに空席が目立っていた。おそらく、半分も入っていないだろう。大して期待していたわけではないが、これは予想以上にひどい。
 これではおそらく、利益はおろか、チケット代の元さえ取れないだろう。昨日のような泥棒騒ぎをいくらしても、これでは貯まるものも貯まらないはず。影朗さんは、何を考えているのだろうか。
 開場から三十分。そろそろ開演かという時刻になると、天井からの採光が暗幕で遮られ、場内が暗闇と静寂に包まれた。どうやら始まるらしい。
 次の瞬間。方向を調節した、強力なランプの光が舞台を照らす。
「皆さま、ようこそお集まりいただきました。流浪の語り部、五和影朗にございます。本日は皆さまを、笑いの渦へと招待してご覧にいれましょう。存分に笑い、日頃の憂さをお忘れになってくださいませ」
 舞台に立ったスーツ姿の影朗さんは、そんな前口上を述べて、舞台を始めた。
 どうやら影朗さんの芸とは、一人語りと一人芝居を合わせた、コメディカルなものらしい。はるか昔から続く、落語と呼ばれる寄席芸能にアレンジを加えたもののようだ。
 どのようなものなのかと、僕もしばらくは耳を傾けていたのだが、次第に異常に多かった空席の意味を理解し始める。まばらな客席の空気は悪化の一途をたどり、思わず顔が驚愕に固まった。なぜなら、その芸は、余りにも。
「つまんねえ……!」
 面白くなかったのだ。はっきり言って、才能がないとかつまらないとかいうレベルではない。
 いや、これ、金を取ってやってるんだよな? 
 そりゃあ影朗さんがホールを借りて、その借り賃をチケットを売った金で賄っているというシステムなのだ。影朗さんが負担している部分は大きい。本人の自己責任と言えば、それまでかもしれない。しかし、それでもチケットを買ってきてくれたお客さんに披露する芸としては、あまりにも拙い。
 もうこれ、あり得ないという話ですらないぞ。場内では誰一人として笑ってはいない。むしろ寝ている人が大半だ。眠りに来ている浮浪者まで見受けられる勢いだ(チケットはどうしたのだろう)。影朗さんは、畑泥棒までして用意した金を、なぜこんな舞台を作ることに使っているんだ……?
「つまんねえんだよ! ひっこめおっさん!」
「ねーもう出ようよ、つまんないし」
「芸人やめちまえー!」
 そんな野次もあちらこちらから聞こえてくる。影朗さんを擁護したい気持ちもあるが、彼らの野次も最もである。金を払って、ここまでつまらないことに時間を使いたくはないだろう。
 それでも、影朗さんは語りを続け、やがて幕が閉じる時間となった。

「お待たせしましたな、大和少年」
「……どうも」
「では、帰りましょうか」
 僕らが合流したのは、閉演後少したってからだった。片づけをする影朗さんを待つ間、僕は演芸ホールの外で待っていた。
 その間。夕焼けで町が奇麗な紅に染まる中、数少ない客が、口ぐちに文句を並べながらホールを出て行くのを、僕はじっと見ていた。
 影朗さんは、今日のことなどまるで気にしていないと言いたげに、ずんずんと歩いて行く。あるいは、皆まで言うな、ということなのか。
「今日はどうもでしたな、大和少年。急に人手が足りないとのことだったので、黙って君に手伝わせてしまいました」
「いえ……」
 そんなことは、どうでもよかった。僕はただ、いつもどおり過ぎる影朗さんの後ろ姿に、憐憫を感じずにはいられない。
 閉口するしかなかった。かける言葉が見つからないとはこのことだ。なぜ影朗さんは、惨めなまでに滑稽な芸当をしでかしておいて、平然としていられるのだろう。
「気になりますか?」
「え?」
「なぜ私が、畑泥棒なんてことまでして手に入れた金を使って、あんな受けもしない芸を続けているのか」
「それは……」
 図星を突かれてしまった。ポーカーフェイスを崩してないつもりだったのだが、顔に出してしまっていたのか?
「ちょっと、お話しましょうか。大和少年、時間はありますかな?」
「大丈夫ですけど……」
 僕らは『浪漫』への道を逸れ、繁華街には数少ない、公園へと足を伸ばした。子供たちが駆け回り、笑い声をあげたり走り回ったりと、少年時代を堪能していた。もっとも、彼らにその自覚はないだろうけれど。
「座りますか」
「はぁ」
 僕らは端にあったベンチに腰掛ける。おそらく戦前に作られたのであろうそのベンチは、あちこち痛んで傷だらけだった。
「どこから話したものですかな……」
 がらにもなく、どこかここではない遠いところを見るような目で、影朗さんは語り始めた。

*   *   *

 あれは戦争が起こる前、私がまだ十代のころでした。大和少年はまだ生まれていませんかな? とにかく、私は意気込んでおりました。エネルギーが尽き始め、国全体が傾き始めていたころです。その頃の私は学もなければ財産もない  これは今も同じですけどな
  なんにせよ、血気だけが盛んな若者でした。国全体がそういう空気を持ってもいたのです。とにかく、国を変えたい、救いたい。その力が自分には、自分たちには確かにあるはずだ。そう思っていたのです。
 今の大和少年と同じく、多少の労働で日銭を稼ぎながら、デモ活動や決起集会などを毎日のようにしておりました。それが国をよくするはずだと考えていたのです。今思えば、正しかったかどうか、確証が持てませんがね。いや、というよりも、ただ自分の中にあるものを燃やし続けただけだったのかもしれません。
 そんな活動を数年続けたころでしょうか。戦争が起こりました。
 相手は産油国。石油が尽き、エネルギーが世界中で不足し始めた結果、それまで油田開発に頼りっきりだった国々は、貧困に喘ぐようになったわけですな。そして、技術も何もなかった国が頼ったのは宗教。つまりは神の救いだったのです。けれど、神は彼らに施しを与えなかったのでしょうな。生活への不満はやがて彼らの中で義憤となった。そしてその矛先は、数少ない無限エネルギーを得る技術を持ち、そのエネルギーを高価な値段で売りつけていた技術国、つまりこの国や合衆国へと向いたのです。
 それを知った我々は、相手を自分たちの技術を妬み、奪おうとする悪魔だと罵りました。これは正義のための戦争である、と士気を発揚させていたわけです。そうなればもう止まらない。お互いが正義と信じて始めた戦いは、激しさを増すばかりだったわけです。
 そのころ私は二十歳前後。もっとも力を持ちあましていたころでしたな。そして国を救うという使命感にもやはり燃えていた。そして私の取った行動は、義勇軍への参加でした。相手国へと乗り込み、悪魔どもの首を取るんだと、猛っておりました。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人