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人情日常大活劇『浪漫』

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「涼子さんは、だから人に優しくするんですか? 時代を、よくするために」
「……」
 思いもかけず、強い言い方になってしまったかもしれない。今までに感じていた、行き場のない憤りを、込めてしまったかもしれない。
秋を、そしてこれから来る冬を感じさせるような、強く冷たい風が吹いた。今日という日の役目を終えた街に、流れ込んだのだ。涼子さんの髪が、その風にたなびく。
「時代、か」
 涼子さんは、再度麦酒を呷る。もうコップはほとんど空だった。わずかに煌めく麦酒が、涼子さんの舌に落ちる。
「時代ってのは、大和。なんだろうな」
「それは……」
わからない。人がいればそこには時代があるし、歴史はある。その一ページという以上に、意味があるのだろうか。
「人が、生きてるってことじゃないかと、私は思う。人が笑って、泣いて。怒って喧嘩して、仲直りして。そんなくだらないことの連続だよ。で、だいたいいつも苦しんでるのに、次の世代はずっと生まれてきて、次の時代が出来ちまう。困ったもんだよ、ホントに」
「……」
「けどまぁ、生まれてきたやつらは、生きていて欲しい。死ぬことを望んでなんか欲しくない。人が、自分の生まれを恨み、生まれたことを後悔するなんてのは  寝覚めが悪いのさ」
「……」
 それは、なんだか、とても、遠いところに目をやっているようで。
 自分は時代の中で、この世界では生きていけないと、言っているような気がした。
「そんなもんだよ、私があいつらに優しくする理由なんてのは。結局はただの自己満足さ。自分の周りのやつらは、笑ってて欲しい。自分の周りに、不幸があって欲しくない。それだけさ」
 どこか自虐的に語る涼子さんに、僕は反発を覚えた。それは、そんなのは。自ら虐げるようなことでは、ないだろうに。
「それは  悪いことじゃないでしょう」
「そうかい?」
「そうですよ。もし世の中がそんな連中ばかりだったら、きっと……」
きっと  僕みたいな人間は、いなくて済んだのだから。
「きっと?」
「……いや、なんでもないです」
「そっか」
 涼子さんは再度コップをあおる。その中身は、もう空になっていたけれど、最後の一滴まで飲みほした。
「ま、こんなことができるのも、そう長くはないだろうけどね……」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
カラン、と軽い音をたて、涼子さんはコップを、ベランダの手すりに置いた。そして僕の横を通りぬけ、部屋へと戻る。
「もう寝るよ。あんたも、早めに休みな」
「はい。あの、涼子さん」
「うん?」
「えと……おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
その時言い淀んだ僕は、何を言おうとしていたのだろう。自分でも、よくわからなかった。

*   *   *

 翌朝。朝日が窓から差し込み、寝ぼけ眼を刺激する。視界がはっきりしてくると、そこには一人のおっさんが立っていた。
「おはようですな、大和少年」
「……」
 最悪の目覚め、というものがあるとすれば、これがそうではなかろうか。似合わない帽子を被ったスーツ姿のおっさんが、朝から顔を間近に迫らせているのである。これが悪夢ならさっさと醒めてくれ。
「さて約束通り、演芸ホールに行きますぞ」
「仕度しますからとりあえず部屋から出てください」
「ふむ、別に男同士です。恥ずかしがることもないかと」
「いいから出ていけっつってんだよこの野朗」
 あれ、僕今本音出した? いけないいけない。やれやれという仕草で出ていく影朗さんだった。
 とにかく、僕は服を着替えた。ジーンズに綿製パーカー、街を歩く普段着である。しかし、今日は仕事の手伝いというわけではないだろうに。こんな朝早くから影朗さんと行動を共にしなくても、チケット一枚くれれば、それで済むことだと思うのだが。……少し嫌な予感もするな。
 そんな風に思考している間に、着替えは終わった。ドアの前で待つ影朗さんと合流する。
「ふむ、では行きましょうぞ」
「あーい……」
 まだ気だるさが抜けないが、まぁ約束は約束だ。せいぜい楽しませてもらうとしよう。

 僕らが向かったのは、『浪漫』と同じ街にある小さな演芸ホール。歩いて数十分程度の、行ってしまえば近所だ。駆けだしの芸人なんかが修行の場としていたり、あるいは逆に、落ち目の芸人の場末の芸場だったりもする。影朗さんはどっちなんだろうな。
 そもそも、この人の“芸人”という肩書は自称なのだ。僕はもちろんだが、蓮さんや涼子さんでさえ、ちゃんと芸を見てはいないらしい。
 この人が一体どのような芸を見せてくれるというのか。多少の興味があるのも、確かだった。
「着きましたぞ」
 そうこう言っているうちに到着したらしい。僕は真っ先に、ホール入口に掲げられている看板に注目した。ここには、今日演じられる項目が書いてあるはずだ。もし影朗さんが本当に芸をするなら、ここに名前があるはずである。
 そしてそこには、こう書かれていた。

 午後十三時開場・十三時半開幕
 時代の流浪人、五和カゲロウのビックリ・トークショー!

「……」
 絶句する以外にすることがあっただろうか。もしあるというのなら提案していただきたい。
 言うに事欠いて、トークショーだと? 
 確かにビックリだ。むしろ逆の意味で。この人は酔って管をまく、ただの酒好きのおっさんだぞ? どのようなトークを持って、芸と為すというのだろうか。
「では大和少年、中に入りましょう」
「はぁ……」
 正直、一気に興味は冷めていたのだが、僕はなされるがままに演芸ホールに入っていった。

「はいオッケー、影朗さん、バミりますから動かないでねー」
「頼みます」
「お付きの人―、後ろの方言って聞こえてるかチェックしてー」
「お付き!? 僕が!?」
「違うの? まぁなんでもいいや、ほらぼけっと突っ立ってないで、働く働く!」
「……はぁ」
なぜこうなった?
 演芸ホールの中は、半円状で、後ろに行くほど高い座席になるような構成で出来ている、オーソドックスなタイプだった。まだ人は入っておらず、採光性のよいホール内を、スタッフがあわただしく動いている。僕はてっきりリハーサルから見せてくれるのかと思っていたのだが。
「大和少年、さぁ気合いを入れて!」
 どういうわけか、僕もスタッフの一員として扱われていた。いっぺんこのおっさんをどつきたい。
 仕事は様々だ。本番のように採光を遮って場内を暗くしてから、照明ランプの調整をしたり、影朗さんのスタート位置の調整をしたり。あるいは劇場に不備がないかのチェックなど、である。
 不満たらたらの作業ではあったが、現場の熱に浮かされたのか、いつものくせなのか。僕はかなりてきぱき動いてしまっていた。
「おーしOK! 客入れるぞー! 影朗さん、スタンバイお願いします!」
「「「ういーす」」」
 現場のリーダーらしき人が号令をかけると同時に、スタッフが客入れの準備に入った。影朗さんは、舞台袖に待機するらしい。
「大和少年、君は特等席でどうぞ」
 そう言われて僕が来たのは、舞台の正面、最後尾から数列目の席だった。なるほど、ここなら舞台の全貌を把握できるし、役者  つまりは影朗さんの顔までよく見える。確かに特等席だ。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人