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人情日常大活劇『浪漫』

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 冷静に考えれば、“今後の人生”なんてものが必要かどうかは微妙だったのだが、この時にそんなものを考える余裕があるわけもなく。人間、必死になると余計なことは考えられなくなるものだ。
 と、いうわけで。僕と影朗さんは野菜を背中に、手に提灯と、農具(という名の、その気になれば人を殺せる刃物)を持って追いかけてくる農家の人から、必死に走りまわっていたのだった。

「なんとかやり過ごせましたかな……」
「いや、まだやばめですね……」
 僕らは、畑の近く、木々の生い茂る林へと身を移し、茂みの中に身をひそめることで追跡をなんとか振り切っていた。だが、まだまだあちこちに提灯の灯りが灯っているし、なにより獣のような目が光っている。まだだ、まだ動くな……!
「って、なんで僕、こんな追われる獣みたくなってんでしょう……」
「人間も所詮は獣なのです。本能には勝てないのですよ」
「元凶が哲学っぽくまとめてんじゃねえよ!?」
「小声で怒鳴る、正解ですな」
「んぎぎ……! この状況じゃしょうがないでしょうがっ!」
いい加減、このおっさんを相手取るのも面倒になってくるな……。
 さて、本当にどうしたものか。
「大和少年、不肖ワタクシに妙案が」
「なんです?」
「あそこにあるものが見えますか?」
「あれは……」
 視線の先、芝生の上に、真っ黒な鉄の塊があった。ゴム製の車輪を下に、巨大な荷台と、運転席が設置してある。
恐らくは作物を市場に運搬するのに使われるであろう、大型の運搬車だった。石油が尽きた今となっては、ガソリン式のものとは考え難い。恐らくは火力発電タイプだろう。言わば、汽車の構造をそのまま車に移し替えたものだ。薪や石炭を燃やし、その熱量を運動エネルギーに変換するものと思われる。
「トラックですね。あれが?」
「あれを使って脱出しましょう。あれなら荷物も運べますし、運転なら昔結構やっておりました。お手の物ですよ」
「けど、あれ、行くまでに平野部分を突っ切ることになりますよね。どう考えても見つかるんじゃ?」
「左様。しからば、農民の方々を何かに惹きつけ、その間にあそこまで走るのが上策ですな」
「なるほど。で、どうやって惹きつけるんです?」
「古来より、人を引き付けるのは同じ人だと相場が決まっておりますな」
「わかりました。つまり囮作戦ですね」
「左様です。というわけで大和少年、行きますぞ」
「はい、行ってらっしゃい」
 そこまで会話が済んだ時点で、僕は影朗さんを茂みから蹴り出した。
「いたぞー!」
「こっちだ! 囲めー!」
 肉食獣達の目が一斉にこちらに集まる。視線だけで殺されてもおかしくない。あれが所謂殺気というやつである。
「や……大和少年! 何をなさるか!」
「やかましい! どうせ僕を囮に自分が逃げるつもりだったんでしょうが!」
「なぜそれを!? 大和少年、読心術師だったのですか!?」
「あんたはそういう人間だってだけだ! とにかく、僕が車を取りに行くから、その間惹きつけてて下さい!」
「ぬううう……!」
 口論をしている場合ではないと、流石の影朗さんも理解しらしい。車とは反対方向に、一目散に駈け出していった。農民と言う名の狩人達が、一斉に影朗さんを追いかけまわし始まる。
「さて、と」
 僕はその隙に、ひっそりと反対方向に茂みを抜けだし、車へと走った。
 やや高い位置に設置されているドアへと駆け上り、車のエンジンをかける。鍵など持ってないので、即座に鍵穴の周囲を破壊し、プラグを直結させる。石炭の貯蔵タンクに上手く火が灯り、蒸気の圧迫音が耳を引き裂く。エンジン始動だ。……見よう見まねでも、結構上手く行くものだな。
 僕は思い切りアクセルを踏み込んだ。トラックは木々をなぎ倒し、徐々に速度を上昇させ始める。
「おい、あれ……」
「ん? 誰が乗ってんだ?」
「おい、こっち来るぞ!」
 農民たちの顔に、困惑と驚愕の色が浮かぶ。だがもう遅い。加速を緩めることなく、トラックは畑泥棒の狩り場に突っ込んでいく。
「やべえ! 逃げろおおお!」
 蜘蛛の子を蹴散らすように、という表現がまさにこれだ。散り散りに逃げていく農民たちの中、一人だけ駆けださず、笑みさえ浮かべながら、こちらを見続けている男がいた。僕と同じ、漆黒の装束に身を包んだ中年。そもそもこの人に協力しなければこんなことにはなってないんだちくしょうと言いたくなるおっさん。影朗さんだ。
 彼は中腰になり、背負っていた野菜かごを下手に構える。タイミングを計っているようだった。そして彼のすぐ側をトラックが全速力で走り抜ける。同時に、荷台に大荷物と、人が一人乗りこんだ音と感覚。無事に乗りこめたらしい。ならばもう遠慮はいらない。狩人達から全速力で離れよう。僕は再びアクセルを踏み込み、ハンドルを農村とは逆側へと切っていた。
 そうして、トラックが爆音を垂れ流しながら走り去った後には、誰一人残らず、ただ轍だけが残っていた。

「いや、上手くいきましたな、大和少年」
「上手く、ね……」
 雪野大和、一世一代の逃亡劇からから数刻。真っ暗な夜道の中、火力発電によるライトが生み出すわずかな光を頼りに、僕と影朗さんはトラックを走らせていた。
荷台には収穫、というか獲物である野菜が多数。見事なまでに畑泥棒である。
「ブツは明日の朝一番にでも換金しましょう。大丈夫、食料なら足はつかない」
「いや、そういうことじゃなくてですね……」
僕は運転中故、目線を落とすことはしないが、本来ならがっくりと肩を落としたい気分だった。怒りを通りこして呆れ心頭である。
捕まってこそいないが、とうとう前科者になってしまったのか……。
「おや、まだ気にしているのですか? このご時世です、綺麗に生きていくなど不可能ですぞ? 叩けば誰だって何かしら出てくるもんです」
「そりゃあそうかもしれませんけど! だまして犯罪の片棒担がせるってのは、いくらなんでもひどいでしょ!」
思わず声を張り上げる。始めて会った時以来かな、こんなに声量を出すのは。
「ふむ……まぁ、それはそうかもですな。よし、お詫びをしましょう」
「お詫び?」
「ええ。大和少年、明日はまだ休みでしょう?」
「そうですけど」
「明日、街の演芸ホールに来てください。そこで、面白いものをお見せいたしましょう」
「演芸ホール?」
 『浪漫』のある街は、娯楽にあふれている場所だ。中でも演芸ホールは庶民でも気軽に入れる、割にポピュラーな場所であった。だが、そこでこの人が一体何をするというのか?
 この人が“芸人”であるというのは、本人の口から聞いてはいたが、僕は半分以上聞き流していたのだ。まさか、本当に芸人なのか?
「何か芸でもするんですか?」
「ま、そんなところです。詳しいことは」
「来てのお楽しみ……でしょ」
「よくおわかりで」
 くっく、と。声を殺した笑いが車内に響いた。いい加減、怒る気も失せる。
 ま、悪気はないんだろうな、この人。僕だって、これまで手を汚したことこそないが、それなりの世界にはいた。罪がないわけじゃない。犯罪で得る報酬はさすがに受け取らないまでも、今更前科の一つや二つ、気にしたところで何にもならないのは事実だ。
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人