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人情日常大活劇『浪漫』

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そこまで思考して気付く。考えてみれば、僕は涼子さんのことを大して知らないのだ。どういう過去を送ってきて、どういう思想で今の時代を生きているか。はたまた、今後の世界をどう生きていきたいのか  なんていうのは、少し大げさすぎるとしても。
 とにかく、この人は私塾なんてものを開く、物好きな人であるということだ。
「わかりました、じゃあ行ってきます」
「ああ、ちょい待ち。ついでに買いだしも行ってきてくれ。結構あるんだ」
 そう言って涼子さんは、カウンターの中から僕に紙きれを一枚手渡す。僕はざっとそのリストを見て、少し眉をひそめた。
「涼子さん、この量、流石に一人じゃあ無理ですよ。何往復もすることになる」
「んーそっか。んじゃ影朗、あんた付いて行って」
「は?」
 お得意様ということで、誰もいないカウンター席に座って特別に賄いを食べていたのは影朗さん。彼はどんぶり飯から顔を上げ、意外そうな表情をする。顔に米粒ついてるぞ。
「お涼さん、私は一応、客ですぞ? そりゃあ私とお涼さんの仲です、使いッパシリの一つや二つ、しないことはありませんが、流石に食事中に行けというのは、いかがなものかと」
「ツケ、二か月分くらい溜まってるんだよな」
「さあ大和少年行きますぞ」
 変わり身ははえーなおい。
 相も変わらず、似会いもしないスーツを正して、きりきりと歩き始める影朗さんだった。

 もう秋だというのに、街路樹は季節の色に染まることなく、青々とした葉を茂らせている。太陽はさんさんと輝き、暑いくらいな昼下がり。
頼まれた文具と食材の買いだしは滞りなく終わり、その帰り道である。
 二人で分担した荷物は、それほどの重りにはならなかった。だからそれを持っていても、口がきけないほどの疲労はない。
となれば、特に黙りこくる必要もないので、僕と影朗さんは雑談を交えながら、人もまばらな、昼の繁華街を歩いていた。
「影朗さんは、涼子さんが私塾やってたって、知ってたんですか?」
「ええ。私もお涼さんとは、そこそこ長い付き合いですしな。気の置けない仲、というやつです」
 ツケ二か月溜めても、催促がないくらいだもんなぁ……という本音は胸に秘めておくことにしよう。影朗さんのためというか、いざという時のために。
「大和少年は、知らなかったのですかな?」
「全然気付かなかったですよ。仕込みで忙しかったですしね」
「塾は『浪漫』の二階、お涼さんの私室が使われてますからな。彼女、私室をこのために改造までしている。全く、大したお方です」
 そこまでしているのか。多少の驚きは感じざるを得ない。
「涼子さん、なんでそこまでして、私塾なんて開くんですかね」
「さて……それは、涼子さんの過去に起因してくるでしょうが」
 またそれか。どうせ、過去を言いふらすのはルール違反、ということなのだろう。
「私も知らんのですよ、涼子さんの過去は」
「そうなんですか?」
 これは意外だ。蓮さんの過去を涼子さんは知っていた。だから僕はてっきり、影朗さんを含めた三人は昔からの友人か何かで、お互いの氏素性は知りあっているものとばかり思っていたからだ。
「ええ。もともと私と彼女は、食い逃げ犯とその被害者でしかありませんからな」
「あー……」
 どうせそんなとこだろうとは思っていた。蓮さんもそうだったが、この人の仕事については全く予想すらつかない。なにか芸でもやってるらしいというのは本人の口から間々出るが、特に芸を見た試しもなし。食い逃げでも繰り返してるんじゃないかとは考えていた。
「今思い返しても、圧倒的でしたな……口に頬張れる限り酒と食料を頬張り、全力で逃げ出した所をわずか数秒で捕まりました。そのまま警察に突き出されることすら覚悟したのですが、お涼さん、ツケにしてやるから払えとおっしゃいましてな。そこまで言われては私とて男のはしくれ。耳をそろえて払うしかないではありませんか」
「……」
 それは単に、警察に突き出すより、ツケにしてでも払わせた方が身入りがいいと考えたのではなかろうか。今の法律って、確か捕まっても賠償義務はなかったし。
「それ以来すっかり常連となってしまったわけですな。いやはや、お涼さんにはお世話になりっぱなしです」
「だったら、ちゃんとツケ払いましょうよ。だいたい、影朗さん、今どうやって食べてるんです?」
「ぬ? 仕事ですかな?」
「ええ」
「それは……一言では説明しづらいですなぁ」
 どうもこの近隣に人間は、仕事を口で説明するということを余りしないらしい。口に出すのも憚られるような仕事ばかりなのだろうか。
「そうだ。どうです大和君。私の仕事を、一度手伝ってみませんか? 報酬はきちんと払いますぞ」
「え?」
 意外な提案だ。蓮さんに引き続き、影朗さんまで僕に仕事を提示してくるとは。
「えと、どんな仕事です?」
「それは言えませんな」
 いや言えよそこは。
「その時のお楽しみですっ☆」
「やかましい!」
 思わず突っ込んでしまった。えらく爽やかな笑顔で言われるもんだからつい。
「そうですな、内容は言えませんが、報酬はそこそこのものを用意しましょう。割もいいと思いますが、どうです?」
「ぬう……」
 僕の懐具合を鑑みれば、金が必要なのも事実だった。蓮さんの仕事はやったものの、あれ以来、『浪漫』の外では稼げていない。例えいくらかでも、蓄えは欲しい所だ。
「わかりました。やりますよ、その仕事」
「そうこなくてはですな。さて日時ですが、夜がベストなのです。大和君、夜はどこか空いてますかな?」
「『浪漫』が休みの日なら、いつでも」
「なら、次の定休日にしますか。ちょうど月に一回の二連休でしょう」
 確かに、連休なら仕事はしやすい。特に予定もなく、なにか仕事を入れようとしていたところだった。渡りに船、とでも言うべきか。
「決まりですな。では、お涼さんには私から話しておきましょう」

 その後もぽつぽつと雑談を交わしながら、『浪漫』へと帰って来た僕ら二人を迎えたのは、うじゃうじゃといる子供の群れだった。どっから湧いた、と言いたくなる。
「せんせー、知らない人来たよー」
「わたしこの人知ってるよ! 影朗のおっちゃん!」
「んじゃこっちのお兄ちゃんは?」
「知らなーい」
 どんな時代でも子供は育つということか、やたらと元気な子供達。『浪漫』の庭先で、彼らに囲まれるように、涼子さんが立っていた。
「この兄ちゃんはあたしの部下だよ。ほら、さっさと教室入りな」
「ぶかってなーに?」
「せんせーのこいびとー?」
 ぶふう!
 思わず噴き出してしまった。恋人って、君。情報のない社会の割には、ませたお子様である。
「違う違う、そんなんじゃないよ。ほれ、入った入った」
 全く動じない涼子さんだった。所詮、子供の言うこと、と思っているのか、単に僕に男としての興味がないのだろうか。
 いや、だからどうという話では全然まったくこれっぽっちも全くないのだが、胸が少し痛む。僕にも男としてのプライドのようなものがあったのだろうか。
「あんた達、御苦労さん。文具は二階の、私の部屋に入れとくれ」
「はぁ」
「了解ですぞ」
作品名:人情日常大活劇『浪漫』 作家名:壱の人