When I Sing a Song
卓越した技巧を持ち、経験から来る表現力で歌い上げるプロの声楽家と高校生とでは比べようもないし、クラシックや声楽に知識も興味もない祥吾には、倫人が本当のところ、どれほどに上手いのかわからない。しかし声の美しさは、祥吾に眠る暇を与えなかった。
確かに友人の欲目もあるだろう。これまでの倫人を知っているだけに、彼が大勢の人の前で、臆することなく歌っていると言うことに感動しているだけかも知れない。それでも――今、祥吾の耳を釘付けにしているのは、他の誰でもなく倫人の声なのだ。
「上手いわね、この子」
「まだ高校生ですって。声は若いけど、先が楽しみね」
とは隣から聞こえた会話。
――誰が聞いても、上手いんだ。
祥吾は自分の耳の正しさを確信し、同時にとても誇らしかった。
終演後、祥吾は合唱団の控え室を訪ねた。手の中の花束が気恥ずかしい。高いチケットをタダでもらった上に、ソリストが友人なのだったら、「絶対、花は持って行くべき」と、やはり趣味でコーラスをやっている母が出がけにカンパしてくれたのだ。花屋に入るのも恥ずかしかったが、出来上がった花束を持ち歩くのも、体育会系の男子高校生には恥ずかしかった。そして持っていておかしくない空間に入っても、恥ずかしさが薄れることはなかった。だから控え室から出てきた倫人に、押し付けるようにして渡した。
「今日は来てくれて、ありがとう」
「橋中、上手いなぁ。俺、ビックリした」
祥吾の賛辞に、倫人は微笑んだ。
「祥君のおかげだよ」
「おれ?」
倫人は頷いた。
「小学校の卒業式の時の『今日の日はさようなら』、僕一人だけ声が違って、みんなに笑われて」
祥吾は記憶を辿る。
彼らの小学校では、卒業生が最後に『今日の日はさようなら』を合唱することになっていた。変声期が早かった分倫人は、すでに声がかなり低くなっていて、他の子供とはあきらかに違っていた。合同練習の時はなるべく出さないように出さないように気をつけていたが、ふいに声が通ることがあり、その度、別のクラスから失笑ともとれる笑いが上がった。
『おかしくない! おまえらだっていつかは声変わりすんだぞ! そん時、こいつほどカッコいい声になるって限らないんだぞ!』
「祥君が、いっとう最初に言ってくれたんだ、『カッコいい声』って」
「そうだっけ?」
作品名:When I Sing a Song 作家名:紙森けい