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双星恋歌

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3.この世でひとりの、



「ふふっ、檸爍さまとお散歩~♪」
「いや、これは散歩と言うよりかは強制送還…」
「檸爍さま、好きすきだ~いすきっ」
聞く耳を持たない双子の妹が、ふらふら何処かへ行ってしまわないようにと差し出した腕に、彼女はぎゅううっとしがみついていた。官服の袖はぐしゃぐしゃによれてしまっていることだろう。
屋敷まで送り届けた後、職場に戻った時に、同僚からは冷やかされるか呆れられるか、はたまた気の毒そうな眸で見られるか。出来れば最後のだけは回避したいところだが、そうはいかないような予感がひしひしとしている。
「玉瑞、俺とお前はきょうだいだ。もっと言えば双子で…」
「ええ、もちろん存じておりますわ。あなたさまはわたしの…大事なおにいさまです」
いや、双子だからあまり兄とか妹とかそういう差は、ほとんどないはずなのだが、という檸爍の想いは伝わらなかったらしい。謳うように妹は言った。
まるで夢をみているような顔であったのが妙に気になったが、すぐにまた取りとめもない話に内容が変わってしまったので、檸爍はそちらに気を取られた。
きっぱりと断言されてしまえば、檸爍としても、それならいいのだが、としか返事をすることが出来ない。いささか極端すぎる言動や行動も、生き別れとなっていた兄への親愛の表れであると思えば、可愛らしく見えないこともなかった。
檸爍にとっても玉瑞は大切な妹である。遥家当主、つまりは自分と玉瑞の父親に自分が養子に出された旨を説明されて以来、見えない絆で繋がっているような気がしていた。
あの日、偶然に彼女と出逢ったからこそ、こうして、実の父母やきょうだいたちについて知っている『檸爍』がいる。そう考えると、やはり縁というのはあるものなのだな、というように感じるのだ。
「だが、お前は年頃の娘なのだぞ。俺のような…中途半端な立場の者と関わっていると、その、勘違いされやすいし、妙な噂だって立ちかねん。兄に甘えたいのなら、立派なのがほら二人も居るだろう」
眉根を寄せて渋い顔をした檸爍の袖を、玉瑞は強く引いた。そして曲がり角を指差す。目を向けると人だかりが出来ている。どうやら二胡の合奏が始まるらしい。
聴きたいのか、と視線で問えば神妙な面持ちで頷く。
玉瑞の突発的な家出のせいで遥家は大変な騒ぎになっている、と分家の養父から聞いている。すぐにでも送り届けてやるのが檸爍の務めであるのは明らかだが、しかし。
自分は遥檸爍であり、この娘は遥玉瑞。
この世でたったひとりの双子の妹。
己の、半身。
仕方が無い。雑踏が少しでも玉瑞の身体に障らないように心を配り、檸爍はほっそりとした肩を自分の方へと引き寄せた。


何度も頭を下げ、お代は結構ですと涙まじりの声(ざまあみろ)で言った女主人に料理の代金よりやや多めにお金を渡して酒楼を出た瞬間に、檸爍は、ごつんと玉瑞の頭を殴った。女の子相手だというのに意外と容赦ない。
「玉瑞~っ、お前というやつは…」
 あ、まずい。檸爍さまってば怒っている。じんわりと熱くなった頭部をさすりながら玉瑞は、精悍な顔立ちの青年を見上げる。一、二度まばたきをして睫毛を震わせ、彼の視線に自らのものを絡ませた。
すると、う、と急に何かを喉に詰まらせたような声を発し、はじまっていたお説教も尻すぼみになる。
義姉に囲まれて育ったせいか、じぶんが男慣れをしていないのとは真逆で、檸爍は女人の感情の機微を感じ取る能力に長けている。
そのくせ、ちょっと鈍感で、真面目な性格が災いして己を過小評価する傾向があるために自分がどれほど魅力的なのか気付いていなかった。それは玉瑞にとっては非常に都合のいいことである、と言えた。少なくとも、手当たり次第に女を漁るのを見て、心を痛める必要はない。
ただ厄介なのは、彼の場合はこれと決めたら余所を見ないだろうということだ。目の前の、たったひとりの女しか欲しいとは思わない。
「…ご迷惑おかけしましたよね。ごめんなさい、檸爍さま…最近、家にいらっしゃらないから、寂しくてどうしても我慢できなくって」
「……だからといって供も連れず、無断で家を出るなど」
「無断ではありません。枕の下に置手紙を残して参りました。『少しばかり市井の臣の気持ちを味わってこようかと思います。気が済んだら戻りますので心配ご無用』と」
「それでは不安感を煽るだけだろうがっ!」
だって、ほんとうのことは書くわけにはいかない。それでも精一杯の真摯な想いを伝えるべく書簡をしたためれば、そういうふざけた文面にならざるを得なかったのだ。
いざという時のために、母に持たされていた小刀を首筋にあてた時には死を意識した。つめたい刃の感触が頸に落ち、ほんとうは声が震えてみっともなくなってしまいそうだったけど、玉瑞はわらった。はは、と声に出してわらった。そして唖然とした様子の酒楼の女主人を見据えた。
『さあ、わたしをお雇いなさい。店の前を血で汚されて、営業妨害されたくないのならね』
三日間とはいえ酒楼での仕事は、お嬢さま暮らしの長い玉瑞には辛かった。衣食住は保障されていたものの、何から何までじぶんひとりの手で行わなければならない。着替えも食事の準備も、当然ながら店での仕事も。水仕事で手は荒れ、給仕をする際にうっかり零してしまった湯(スープ)で火傷を負った。ろくに使えもしないと罵られ、それでもどうにか喰らいついて過ごした数日間。
苦しい時、逃げ帰ってしまおうと思った時。
常に頭に在ったのはただひとりだった。

『すまないことをした』

深く、床に額を付けるほどに頭を下げた父親を、やめてください、と嗚咽する遂良の背を支えようと跪いた青年を。玉瑞は、どこか白々しい気分で見つめていた。これが自分の身に起きていることなのだ、とは到底信じられなかった。だってこんなこと、有っていいはずが無い。
(わたしと、あの方がふたご? 血の繋がったきょうだいだなんて…まるで)

まるで、悪夢そのものだ。

檸爍は、玉瑞の過度な好意を諌めようと言葉を尽す。彼が本家の屋敷を訪れるたびに、玉瑞の胸は喜びで踊った。わたしのいとしいひと、だいすきなひと、かけがえのないたったひとりの貴方。
それなのに檸爍はじぶんを妹としてしか見てくれないし、兄として慕われているのだとどうやっても解釈しようとする。
「そういうのでは、ないのです。わたしが傍にいたいと思うのは、逢いたいのは、檸爍さまだから、です」
告白は雑踏の中に消え、紛れ。肝心のあのひとには届かない。
―――わかってはいたのだけれど。
やっぱり、それは辛くて。どうやっても想いが届かないのは悲しくて。
ふと、低い音が玉瑞の耳朶を打った。そしてそれに重なるようにして高い音も少し遅れて響く。足を止め、源を探せば二胡に弓を当てる楽師がすぐに目に留まった。
どうか、もう少しだけ。
せがむように引いた袖に、彼は応えてくれた。
楽師の演奏はなかなか優れたものであった。先導するように主旋律を辿る右側の男、そしてそれを引き立てる左側に腰かけた女。その役割も時折入れ替わり、どちらがどちらなのかわからなくなる。
作品名:双星恋歌 作家名:鷹峰