向こうへの切手
「お待たせしました。ビッグアメリカンパフェでございます」
カフェの店員が少年の前に大きなパフェを置いて、他の客の所へと向かった。
「わー。これずっと前から食べたかったんだ! ありがとう!」
「ああ、いや、どういたしまして」
少年の頼みというのは甘いものを奢って欲しいというものだった。拍子抜けしたが、こんなことであの不思議な光景のことを教えてくれるとは、やはり子どもといったところか。
そんな俺の考えもよそに少年はパフェをおいしそうに食べている。そのあどけない様子からは、とてもさきほどの光景を見せたとは思えない。
「それで、さっきのことなんだが」
「ごめん。食べ終わるまで待ってて」
有無を言わさぬ少年の言い方に、俺は待つほかなかった。見ず知らずの子供がパフェを食べているところを、黙ってみているという奇妙な状況に、時間の流れが遅く感じる。
ようやく少年が食べ終わると、ポケットからさきほどの切手を取り出した。切手はなんの変哲もないデザインで、どこかの草原が描かれた絵に『80』と数字が書かれている。八十円ということなんだろうか? 見たところ普通の切手にしか見えない。
「この切手はね、『向こう』へと行ける切手なんだ」
「『向こう』? 『向こう』ってどこだ?」
「ここじゃない別の世界って言えばいいかな。僕にも詳しいことは知らないんだけどさ」
「別世界ってことか」
「まあそうだね」
別世界。その言葉に胸が躍った。
「なあ。教えてくれ。その『向こう』とやらには何があるんだ?」
「悪いけど、それは教えられないんだよ。そういう決まりがあってさ」
「じゃあなんで俺にその切手のことを教えてくれた? これじゃ生殺しだ」
「おじさんに向こうへ送られるとこ見られちゃったしね。変に調べられたりするよりかは、いっそ教えちゃったほうがいいかなって」
やはり俺が見ていたことは分かっていたようだ。だがそんなことは今はどうでもいい。
「そんな理由でか。あと俺はおじさんじゃない」
「それと、おじさんなら奢ってくれると思ったしね」
「おじさんじゃないというのに」
どうする。目の前にいままで夢見てきたものが置かれている。少年の言うと通りであればこれを使えば別世界に行くことができる。なんとかしてこの切手を手に入れなければいけない。
「その切手、俺にも分けてくれないか」
「別にいいよ」
少年はあっさりと答える。てっきり断ると思っていたため拍子抜けした。
「え? いいのか?」
「うん。切手だけじゃ意味ないからね」
さっきの少年が消えたときの事を思い出してみた。切手を貼り付けた後に、何かをやっていた。
「もしかしてあのハンコが必要なのか」
「ご名答。勘がいいね、おじさん」
「だからおじさんじゃあ……まあいいやもう。それで、その切手を体に貼ってハンコを押せばいいわけか」
「そうだね。自分を郵便物に見立てると分かりやすいかな。切手を貼って、消印を押して、『向こう』へと送られる」
「じゃあ、そのハンコを貸してくれないか」
「それはだめなんだ」
「頼む。俺はいままで別世界ってものに憧れてきたんだ。ここじゃない別の世界に行けるんならどうなったっていいんだ。だから貸してくれ」
「ふーん。そこまで言うんだったら、触らすくらいならいいよ。そのかわり絶対使わないでよ」