小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

蒼空少女騎士団(仮) 第一章「天翔る乙女たち」

INDEX|7ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

 推力を失ったロケット機が海面に向かって降下を始め、帝国の編隊がようやく体勢を立て直したとき、彼らの前にはすでに戦闘機隊に守りを固められた攻撃機の編隊の姿があった。いつもと違う展開となったうえ、虎の子の存在ともいえるジェット機は数でも劣り、編隊長は一瞬攻撃をためらったがすぐにその考えを振り払い、部下たちにそのまま突入することを指示した。先ほど攪乱された王国機の存在はすでに感じられず、残ったレシプロ機の連中ならば数で劣るとはいえ速度で圧倒できると判断したからだった。それに、自分たちの役目は敵編隊を攪乱することであり、すぐ後からは本体が間近に迫っている。どのみち、他に選択肢はなかった。
「来るぞ!」
 ジェットエンジンの排気口からひときわ明るい排気炎が吹き出したのと、編隊長が叫んだのはほぼ同時だった。加速したジェット機が、機首から機銃弾をまき散らしながら次々に王国側の編隊の中へと突入してきた。盲撃ち恐るるに足らずとはよくいったもの、運悪くその直撃を受けてしまった味方戦闘機の一機がたちまち炎に包まれ、海面に向かって墜落していった。それを合図にしたかのように、味方は散開し三々五々に敵機との戦闘に入った。
 一方、シルルを含む中隊は敵本体との接触に備え、攻撃機の護衛を続けていた。周囲を彩っていた排気炎の軌跡と曳光弾が引く光の筋は徐々に後方へと移動し、ほんの一時ではあるが周囲を静けさが覆いつくす。しかし、レーダーにはすでに敵本体を示す光点が多数映し出されており、その距離はどんどん縮まっていくのだった。
「実戦は初めてだったな、シルル」
 小隊長からシルル宛に無線が入った。シルルがそれを肯定すると、
「お前はまず、生き延びることを最優先に考えろ」
という応えが返ってきた。生き残れば、次がある。しかし、死んでしまっては何にもならないという考えは何もこの部隊だけに限った話ではなく、王国軍全体に共通した認識だった。
 操縦桿を握るシルルの手は小刻みに震えていた。下腹部の痛みも間断なく襲ってくる。と、レーダー上の光点がつと動きを速めたように見えた。
「敵機、突入してきます!」
 誰かが無線で叫んだのが聞こえた。
「全機、迎撃体勢に入れ。突入〜、突入〜!」
 続いて叫んだのは編隊長だっただろうか。僚機がひときわ高い爆音を轟かせると、敵編隊へと向かって加速していった。それを合図に次々と周りでエンジンが咆哮をあげ、列機が突入していく。シルルもそれに遅れるまいとスロットルを一気に開いた。ぐん、と座席に身体が押しつけられるとともに、機体が一気に加速する。いまここに、敵味方の主力戦闘機部隊同士の戦闘の火ぶたが切られようとしていた。
 時刻は日の出直前、空の色は漆黒から濃い藍色へとその模様を変えつつあった。まだ遠くの様相はわからないものの、近くであれば薄ぼんやりとその姿を判別できる程度の明るさがあたりを包み込む。
「すれ違いざまに攻撃を仕掛ける。衝突に気をつけろ」
「交戦後は反転して敵機を追撃する。攻撃隊に敵機を近づけるな」
 編隊長からの指示が矢継ぎ早に飛ぶ。それとほぼ時を同じくして、レーダー上でしか捕らえられなかった敵機の影が、かすかではあるが正面にその姿を肉眼で捕らえられるようになった。正対しているため、その姿は急速にはっきりと形を整え、大きさもみるみるうちに視界全体へと広がっていく。
 標的を撃つときは十分に狙いを定め、照準器いっぱいにその姿をとらえるまで引きつけてから引き金を引け、演習で叩き込まれていた鉄則も忘れ、シルルは無我夢中で機銃の引き金を引いた。次の瞬間、両翼に装備された四丁の十二ミリ機銃が火を噴き、正面の敵機に向かって曳光弾の引く光の筋が吸い込まれていく。と思ったのもつかの間、銃弾は敵機の下方をむなしく通り過ぎていった。お返しとばかりに敵機の銃口が瞬くと、ブリキのバケツを叩くような音とともにシルルの機体に衝撃が走った。
 ひっと悲鳴を上げるのと、操縦桿をとっさに下に倒したのはほぼ同時だった。ほんの僅かな間隔を空け、シルルの頭上を轟音を立てて敵機が通り過ぎる。それが、戦闘開始の合図であったかのように、周囲で一斉に敵味方入り乱れての空戦が始まった。ほのかに明かりを増した夜空を背景に、曳光弾の軌跡が縦横無尽に入り乱れる。ときおりまき散らされる火花は、誰かが被弾した証だ。そしてシルルの機体もまた、先ほどの銃撃で被弾をしていた。しかし、ざっと計器を見渡して異常が出ていないことを確認すると、彼女は意を決して機体を反転させ再び戦闘空域へと飛び込んだ。
 ばりばりばりと、周囲に響く機銃弾の打ち出される音、音、音。中には至近距離をかすめていく銃撃もあったが、いったん覚悟を決めると不思議とそれを恐れる気持ちは小さくなっていった。いや、間断無しに繰り広げられる戦闘に間隔が麻痺してしまったといったほうが正解だったかもしれない。ともあれ、敵機を探して周囲をせわしなく見渡すシルルであったが、何しろ周囲を飛び交う機体の影は薄ぼんやりとしていて瞬時に敵味方を判別することは難しく、それ以前に照準器の中に機影をとらえることすらできないままで、シルルの焦りは大きくなるいっぽうだった。そうこうするうちに、
「シルル、後ろだ!」
 誰かの声が無線から聞こえ、反射的に後ろを振り返ってしまったのが失敗だった。激しい音と衝撃がシルルの機体を襲った。慌ててシルルは回避動作に入ったものの、時既に遅く垂直および水平尾翼はかなりの部分を削り取られ、風防も吹き飛んでしまい、戦闘の継続はもはや不可能な状態に陥っていた。唯一、火が出なかったことは不幸中の幸いだったというほかない。ふらつきながら戦線を離脱するシルルが最後に見たのは、ようやく水平線から顔を出した太陽の光に照らされながら空中戦を繰り広げる戦闘機たちの姿だった。
 結局、この初陣でシルルが放った機銃弾は、敵機と最初に交差したときの一回きりだった。戦闘を継続している味方を尻目に一足先に基地へと帰投した彼女の機体には無数の穴が開き、整備兵たちをしてよくぞ無事に帰ってこられたものだと驚嘆させた。シルルの記念すべき初撃墜は三回目の出撃のときで、この出撃で彼女はさらに確実一機、未確認一機と三機の撃墜を記録している。しかしその後、彼女の撃墜記録はぴたりと止まり、出撃のたびに機体を蜂の巣のように穴だらけにして帰還するという不名誉な記録が続くことになる。それでいてかすり傷一つ負ったことのない彼女は果たして運が良いのか悪いのか。ただ一ついえることは、彼女と編隊を組むと敵の攻撃がなぜかシルルに集中し、結果として自分たちの生還率があがるために同僚たちからの人気は高く、逆に整備兵たちにとっては毎回大変な修理を要する被害を受けてくるため疫病神扱いされていたということである。
 そんなシルルであったが、初陣から半年ほどが過ぎたころに飛空母艦への転属を命じられ、ようやく慣れ親しんできた基地を後にしたのだった。なお、余談ではあるが、初陣で帰投後真っ先にコクピットに駆け寄った整備兵が彼女の下半身を染めている血を負傷と勘違いして、慌てて担架を持ってくるように叫んだために後々シルルが困ったことになったのは、また別の話である。