小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

蒼空少女騎士団(仮) 第一章「天翔る乙女たち」

INDEX|5ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

 リファシスは二の句が継げずに、口に出した姿勢のまま固まっていたが、目の前で縮こまっているアクリルの姿に気付くと姿勢を崩して彼女に伝えた。
「あなたの責任じゃない。気にすることはないわよ。私もこうして生きていることだし。もっとも」
 そこでリファシスは、片目を瞑って見せた。
「死んでいたら、上の連中の前に化けて出てやるところね」
 そこで初めてアクリルは相好を崩し、リファシスに応じて見せた。
「私も、あと少しで首をくくるところでした」
「いいわね。そのときには二人で化けて出てやりましょ」
 その後二人は並んで海面で行われている作業を眺めながら、しばらく話に興じた。着任したばかりのアクリルにとって、リファシスが語る経験を交えた話題は自分の担当する分野と違うとはいえ、どれも興味深く熱心に聞き入っていた。話題は尽きることはなかったが、勤務明けのアクリルが疲れを覚えて欠伸をしたことを区切りに、この次は軽くお茶でも飲もうと約束をして二人は別れたのだった。
 その晩、ロゼフィルドは現場を離れ、本国のある環礁へと進路を向けた。本来ならばもうしばらく試験航海をする予定だったのだが、嵐によって船体がどの程度ダメージを受けたのかを確認するためと、一機しかなかった試作機が大破したために試験飛行ができなくなったため、試験をいったん中断して本国へと戻ることにしたのだった。

 大陸ではそろそろ冬から春へと季節が変わるころ、遙か南に位置する環礁では季節の移ろいを感じることもなく、航空学校を卒業したばかりの新兵たちがそれぞれの部隊へと配属されていた。シルル・ノーヴァもその一人で、栄えある王都直衛隊所属を命じられ、意気高揚すると同時に、一抹の安堵感を覚えていた。というのもその名の通り、王都直衛隊は環礁に設けられた王都を守る最後の砦であり、常に敵侵攻部隊と交戦している最前線の部隊と比べて戦闘を行う機会が若干少なかったからである。シルルとて軍属である以上、戦場に出て行くことに異論はなかったが、それでも自分が死ぬ確率が少しでも下がることを歓迎するのは人として半ば当然のことであった。
 シルルが配属されたばかりのころは、まだ王都まで敵が侵攻してくることはほとんどなく、遙か洋上彼方で制空権を争って激戦が続いていた。シルルは伝えられてくる戦況を聞きながらも、自身は連日の猛訓練や哨戒飛行に明け暮れる毎日で、たまに王都に侵攻してくる敵がいるときには非番と重なったりしたため、実戦を経験することのない日が続いていた。そんなシルルであったが、戦時である以上、いつかは実戦を経験することになる。それは、部隊に配属されてからほぼ一ヶ月がたったころであった。ちょうどそのころ、洋上の制空権が敵に奪われつつあり、王都にまで侵攻してくる敵が徐々にではあるが増えだしていた。
 その晩、兵舎で待機していたシルルは、日の昇る少し前に鳴り響いたサイレンにたたき起こされた。と同時に、待機していたはずなのにいつの間にかうたた寝していたことに初めて気が付いたが、周りを見ると同様に寝ていた何割かの飛行兵が飛び起きているところだった。
「現在、最終防衛線にて敵艦隊と交戦中。首都防衛隊は直ちに発進、上空にて待機せよ」
 スピーカーから雑音混じりの指令が流れてきた。シルルも含めた航空兵たちは、駆け足で駐機場へと殺到する。そこではすでに整備兵たちが慌ただしく駆け回っており、次々と待機している戦闘機のエンジンを始動しているところだった。
「暖気の終わったものより順次離陸。小隊ごとに上空で編隊を組み次第、目的地点へ向かえ!」
 自分の愛機に飛び乗りながら、小隊長が大声を上げる。
「シルル!」
「はいっ!」
 初めての緊急発進にあたふたしていたシルルは名前を呼ばれ、反射的に振り向いた。
「貴様は確か、実戦は初めてだったな?」
「はいっ!」
 小隊長の問いに、シルルは緊張した表情で返事をした。
「訓練通りにやれば大丈夫だ、落ち着いてやれ!」
 そういって、小隊長は親指を立てて見せた。
「了解ですっ」
 そう返事をして機体に潜り込んだシルルは、いつもの手順を思い起こしながら計器類をチェックしていく。まわりでは、準備の整った機体から順に滑走路へと滑り出していた。
「シルル、何かあっても俺が守ってやるから安心しな!」
 そういいながら横をすり抜けていったのは、シルルと同機で防空隊に配属されたものだった。確か彼は、すでに数回の実戦を経験しているはずだ。
(早く、早く!)
 じりじりと焦がれるシルルの視線の先で、水温計の針がぴくりと動いた。他の計器にも異常は認められない。いける!
「発進する!」
 大声で周囲に宣言すると、シルルはスロットルを開いた。するすると機体は前方に動き出し、やがて滑走路へと進入したところで彼女はスロットルを全開にした。爆音が鳴り響くと同時に機体は一気に加速を開始し、ふわりと脚を地から放した。
「初めてにしちゃあ、上出来だ」
 その様子を上空から眺めていた編隊長は、ひゅうと口笛を鳴らした。上昇してきたシルルが合流し編隊を組むと、彼は試射を命じて自身も機銃の引き金に手をかけた。どどどっと、小隊三機それぞれの銃口から火の束がほとばしった。全機異常なし! 編隊長の指示の下、各機は王都へと機首を向けたのだった。
 巡航速度で王都上空まで数分。その間シルルは、機体に搭乗したときから下腹部に感じていた違和感が徐々に大きくなっていることを感じていた。いまや違和感は鈍い痛みへと変わり、間断なくシルルを襲ってきている。そしてついに、股間にどろりとした感覚が訪れた。まさか、とシルルは手袋を外し、ズボンの中に手を忍ばせた。途端、指先に湿った感触が伝わってくる。そっと手を出して月明かりに照らしてみると、指先に黒い液体が付着しているのが見て取れた。つんと、鉄の臭いがコクピットに充満する。
「そんな。予定日は来週なのに」
 極度に緊張したシルルの身体は、予定を遙かに繰り上げて生理を来すという変調を起こしていた。どうしよう、一瞬彼女は思案したが、機体の不調ならばともかく生理痛がするので引き返しますなどとは到底言い出すことはできなかった。よしんば、そのような事態にあるのであれば、どうしてあらかじめ鎮痛剤を服用しておかなかったのかと言われるのがオチだ。そのような理由で戦線を離脱するという選択肢をすぐに頭から振り払ったシルルであったが、下腹部を襲う痛みはいかんともし難かった。そういえば、不時着痔の救難キットに痛み止めの麻薬が含まれていたはずだが、それを使うのはどうだろう? しかしシルルは、その考えもすぐに捨て去らざるを得なかった。麻薬は確かに鎮痛作用があるが、同時に判断力をも奪ってしまう。戦闘時にそのような事態に陥れば致命的であることは、日の目を見るより明らかだった。
 結局、シルルは痛む下腹に顔をしかめながら嘔吐上空の防衛任務に就いたのだった。
「敵艦隊が最終防衛戦を突破。防衛隊はただちに迎撃セヨ」
 本部からの指令が入ったのは、王都上空での旋回待機がそろそろ二桁に達するかという頃合いだった。
「敵飛空船五、戦闘機多数、一時の方角より侵入中」