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蒼空少女騎士団(仮) 第一章「天翔る乙女たち」

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 次にリファシスが目を覚ましたのは夜半過ぎだった。他のものたちもすでに寝入っており、部屋のあちこちから寝息やいびきが聞こえてくる。ちなみにロゼフィルドもこれまでの慣習に従い、男女で部屋を分けるといったことはしていなかった。唯一、ベッドを囲むカーテンのみがプライバシーを守る砦となっていたが、基本的にそれを利用するものはいなかった。そもそも性差を意識しているようでは男女混成の大部屋での生活などできないし、第一、いったん戦闘行動に入れば燃えやすいカーテンなどは真っ先に取り外されるものだったからだ。だから、女性兵士は入浴のとき以外は常にシャツかタンクトップを身につけていたし、よしんばそれを身につけていなかったからといって着替えのために男性兵士の前で下着姿を晒すことに躊躇するようなものはいなかったのだ。
 ともあれ、いったん目覚めてしまったリファシスはその後の眠る努力にもかかわらず、目が冴えていく一方で、こうなったらいっそのこと少し夜風に当たってこようと甲板に出ることにしたのだった。
 ロゼフィルドは、鹵獲した飛空船を監視するため海面付近に停泊していた。眼下ではいつ到着したのか、回収部隊が投光器の明かりを頼りに飛空船の収容作業を行っている真っ最中だった。しばらくの間、リファシスは手すりに寄りかかりながらその様子を眺めていた。上空と違って暖かいとはいえ、夜の海上を吹き抜ける風はともすれば肌に冷たく感じる。一度部屋へ戻って上着を取ってこようかと考え始めていた彼女の肩に、ばさりと布きれが掛けられた。
「夜の海は冷えるぜ、お嬢さん」
 言葉とともにリファシスの横に男が立った。その横顔に、彼女は見覚えがあった。確か、今回の出港式の際に士官席の中で見かけたはずだ。慌てて掛けられた布を確認すると、果たしてそれは記憶に違わず少尉の階級章が付けられた士官服の上着であった。
「ご配慮に感謝します、少尉殿」
 遅ればせながら男に対して敬礼をするとともに、リファシスは彼の配慮に対して礼を述べた。方や少尉は敬礼を返すでもなく手をひらひらとさせると、
「なあに、例には及ばんよ。それより、少尉殿、は堅苦しいな。ロッキだ。ロッキ・ニョッキ」
と返事をした。
「は。それではロッキ少尉と呼ばせていただきます」
 敬礼した姿勢のまま、リファシスがそれに応じる。おう、と軽い調子でロッキが敬礼を返して、リファシスは初めて姿勢を崩した。
「それで、ロッキ少尉はなぜここに?」
 リファシスが、最初から感じていた疑問を投げかける。
「んん? たぶん、お前さんと同じじゃないかな。ちょっと夜風にあたりたくなったのさ」
 そう言いながら、ロッキと名乗った男は手すりから身を乗り出して下を覗き込んだ。
「おっ、やってるな」
 つられて覗いたリファシスの目に、先ほどと同様の光景が飛び込んできた。

「お前さん、あれが何だか知っているか?」
 そう言いながら、ロッキは回収部隊が乗ってきた船を指さした。
「海面効果翼船、ですか?」
 それは、航空学校上がりのリファシスにとって、名前は知っていても実際に目にする機会の少ない存在だった。大きな翼を備えた船体は一見航空機を彷彿させるが、低速時には船のように水をかき分けて、やがて高速になると海面すれすれに浮き上がって滑るように移動する。海面と主翼の間の空気の層を揚力とするため航空機のように上空を飛行することはできないが、長大な滑走路を必要としないことや飛行性能を考慮する必要のない分、船体を大型化しやすいことが利点だった。何かと海上での作業が発生することの多い新王国にとって、非常に重宝される船種であった。
「そうだ。大陸との間の内海は水深が浅いからな。大型船は使えん。かといって小型船では回収した機材を運べないから、ああいう船が必要になる。俺も十五のときから三年ほど、警備隊として乗り組んでいたよ」
「それがいまは航空少尉ですか? 珍しいですね」
 階級章とともに付けられたウィングマークを見て、リファシスは素直な感想を口にした。海面効果翼船は飛行機に近いところもあるが、広義には船に分類される。このため、翼船乗りから飛空船乗務への転属は割と見られるものの、そもそも兵科の異なる航空科への転身は通常は起こりえない。リファシスが不思議に思うのも、半ば当然の成り行きだった。
「ああ。俺はずっと操船を任されていてな。たまたま飛空船に乗ったとき、翼船の速度で空を飛べたら気持ちいいだろうなと思ったのがきっかけさ」
 眼下の作業風景を眺めながら、ロッキは応えた。
「もっとも、そこからが大変さ。空いた時間を使って独学し、何とか試験に合格したところで航空学校でみっちりしごかれるんだからな」
「私も、学校では色々と苦労しましたよ」
 微笑を浮かべながら、リファシスが応じる。
「男子寮襲撃事件や食堂籠城、校庭での乱痴気騒ぎ、単独飛行で勝手に故郷を訪問、確かに学校始まって以来の問題児だな」
 指折り数えながら、ロッキはリファシスの恥部ともいうべき所行を並べ上げる。
「違います、普通に座学や実習での話です! ていうか、どうしてそんなことをご存じなんですか!?」
 いまでこそ優秀な戦闘機乗りとして名を馳せているリファシスだが、学生時代は別の意味で悪名を轟かせていたことは、知る人ぞ知る逸話であった。
「そりゃあ、俺はあの頃、教育隊所属だったからな」
 そういいながら、ロッキはリファシスに向かって片目を瞑って見せた。とたん、リファシスは頬がかあっと熱くなるのを感じた。
「あああああ。ロッキ少尉、後生ですからそれ、誰にも言わないでください。お願いします!」
 必死ですがりつくリファシスをあしらいながら、ロッキは彼女に応えた。
「別に吹聴したりやしないさ。ただ、代わりに一つ、俺の願いを聞いて欲しい」
「願い?」
 小首をかしげたリファシスの両肩に軽く手を置き、彼女の両目を覗き込みながらロッキの口から発せられたのは、予想外の言葉だった。
「俺のものになってくれ」
「んなっ!」
 言葉にならない声を上げ、リファシスはずさっと後ずさった。明日死ぬともしれない立場にあって、男女の間――ときには同姓同士の場合もあったが――で肌を重ねるという行為はそれほど珍しいものではなかった。それはほんの一時、恐怖心を紛らわせる行為であったし、何よりも新しい生命を育む行為そのものが強く生を意識させたからだったのかもしれない。もちろん、リファシスとてそのような事情は百も承知であったが、だからといって自身がそのような行為に及んでいるかといえば、答えは否であった。むしろ、そのような誘いがあったところで頑として断るところは、やや潔癖ともいえる彼女の性格をよく表していたといえるのかもしれなかった。
「だだだだだ駄目です無理です勘弁してください」
 パニックに陥りながら必死に断るリファシスを、ロッキは愉快そうに眺めていた。むろん彼は、彼女が勘違いするようにあえて言葉を選んでいたのだ。
 ひとしきり彼女の反応を楽しんでいたロッキだが、話を続けるためにはそろそろ種明かしをする必要がありそうだった。彼はリファシスの頭を軽く抑えてなだめるように言い聞かせた。