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蒼空少女騎士団(仮) 第一章「天翔る乙女たち」

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 体温計を咥えたままリファシスが口にした返事は、まともな言葉にはならなかった。そのまま体温を測り終わるまではまともな会話も出来ないこともあって、衛生兵は軍医を呼びに行くために席を外した。一人残されたリファシスは、枕に深く頭を沈めてじっと時の過ぎ去るのを待ち続けた。事故を起こしたというが、果たして試験機は無事であったのだろうか。通常ならば何機か製造された中から試験を行うので問題ないのだが、今回は時間がないからと試作機でそのまま試験を行っていたことが裏目に出ていなければ良いのだが。そんなことを考えていると、衛生兵を従えた軍医が彼女の元へとやってきた。
「ようやくのお目覚めか。気分はどうかね、リファシス一等兵曹」
「悪くはないですね。ちょっと頭痛がしますけど」
 体温計を軍医に渡しながら、彼女は応えた。軍医はふむ、と相づちを打ちながらそれを一瞥し、衛生兵に譲り渡した。そのまま一通りの診断を行い、リファシスに告げた。
「特に異常は見当たらないな。ただし、頭を打っているので二、三日は安静にしているように。あと眼帯は今日一日は外してはいかんからな。頭痛が気になるようならば薬を出すかね?」
 その申し出を断ると、リファシスはベッドから降り立った。
「そういえば」
 足下がふらつかないか確認しながら、リファシスは軍医に尋ねた。
「あたしは、どのくらい眠っていたのでしょうか?」
「事故が起きたのが昨日のことだから、ほぼ二十時間といったところかな」
 二十時間、か。思ったよりも意識を失っていた時間が短かったことに、リファシスは安堵した。ああそれと、と、彼女は先ほどから気になっていた砲撃について質問した。
「敵艦を補足した、とかで攻撃しているらしいですよ」
 衛生兵の言葉に、彼女はつい反応して反射的に病室を飛び出しそうになった。
「安静に!」
 軍医の一括でぴたっと動作を止めたリファシスは、深呼吸すると今度は歩調を緩めて病室の出口に向かった。
「いいか、くれぐれも安静に、だぞ」
 再度軍医の口から投げかけられた言葉に片手を上げて応えると、彼女は病室を後にしたのだった。
 艦中央付近に設けられた病室から舷側へ出るには、狭い階段を何度か上り下りし、通路をいくつか曲がる必要があった。その間にも砲撃の音は続き、その都度船体は振動に包まれる。だがしかし、戦闘状態にあることを示す要素はそれだけで、自艦が被弾したような気配は先ほどから微塵も感じられなかった。よほど一方的な展開となっているのか、いずれにしても砲座へ行けばその理由はわかるはずだ。
 戦闘中とは思えない静けさが漂う通路を抜けて、リファシスは砲座へとたどり着いた。重たい鉄の扉を開けると、むっとした硝煙の臭いが通路に漏れてくる。兵隊としては誉められたものではなかったが、リファシスはこの臭いが苦手だった。一瞬顔をしかめてから、彼女は砲座へと足を踏み入れた。
「誰だっ、無関係なものは入ってくるな!」
 いきなりの怒鳴り声に、リファシスはびくっと首をすくませた。見れば、砲弾を薬室に詰めようとしていた兵卒が、彼女のことを睨み付けていた。階級からいえばリファシスのほうが上官なのだから怒鳴られる筋合いはないのだが、あいにく病室から直行した彼女は寝間着姿のままで、階級を示すものを何も身につけていなかったのだ。もっとも彼女は、低い階級のものから横柄な口を叩かれたからといって激高するような性格ではなかった。むしろ、戦闘行為の邪魔をしているのは自分なのだ。
「邪魔をして済まない。リファシス一等兵曹だ。現在の状況を知りたいのだが、説明してもらえないか?」
 階級を聞いて、兵卒は反射的に直立不動の体勢を取ろうとした。そこへリファシスの叱責が割り込む。
「砲弾!」
 指摘された兵卒は慌てて砲弾を装填し、装填よし、と大声をあげた。装填よし! 復唱が返ってくると、砲塔がきりきりと角度を変えて敵艦に狙いを付けて発砲する。その間、手の空いた装填手はリファシスに状況を説明した。
「艦隊からはぐれたと思われる敵艦を補足、現在鹵獲作戦を遂行中であります!」
 ラーヤの興した新王国は島嶼を拠点としているという地理的要因から、一部の資源が不足気味であった。このため、王国が送り込んでくる攻撃隊は可能であれば鹵獲するか、残骸を回収して再利用するという方法が早い段階から確立し、いまでは専門の回収部隊も組織されるに至っていた。
 観測用の小窓から外の様子を窺ったリファシスの目に映ったのは、浮力を削られ海面に向かってゆっくりと降下していく飛空船の姿だった。彼女は素直に、ロゼフィルドの砲撃手たちの腕前に感心した。これが不慣れなものの手にかかると、浮力を得るための気体が詰まった気嚢を打ち抜きすぎて一気に海面へと落下し、船体がばらばらに四散して回収作業に手こずることになりかねない。あるいはまた、相手の船体に火災を発生させて、資源の再利用という目的を果たせない羽目に陥ることも少なくなかった。その点、今回は最善に近い状態で相手へダメージを与えることに成功しており、ロゼフィルドに搭乗している兵士たちの練度の高さが窺われた。
「こちらの被害は?」
 リファシスの問いに、兵卒は損害はいっさいなかったと返答した。そもそも、最初からほとんど反撃らしい反撃もなかったらしい。敵の無線を傍受したところでは、新王国への空爆を行った際に被害を被り艦隊から脱落、その後も追っ手への反撃を行っているうちに弾薬も底を尽いてしまったらしいというのが大方の見方だった。
 完全に相手の戦力をそぎ落とし砲撃が止んだ船上で、兵員たちは勝利の歓声を挙げていた。いまごろ艦橋では、回収の依頼を無電しているに違いない。しかし、リファシスは一緒になって素直に喜ぶことはできなかった。
「こんな真っ昼間から爆撃隊がやってくるなんて」
 以前は夜間に限られていた敵艦隊の侵攻が日中も行われるようになったとすれば、それは新王国側の戦力が衰えていることを示しているのも同然だった。そういえば、とリファシスは思う。新型機の試験も兼ねてロゼフィルドの試運転が行われることが決定し、その準備に追われているころ、王国の偵察隊が頻繁に目撃されていたはずだ。あれはきっと、このための布石だったに違いない。
 着水した敵飛空船を回収する部隊は、半日もすれば到着するとのことだった。それまでに船体をしっかりと確保しておくための制圧隊を送り出した後は、ひとまず急を要する用件もなくロゼフィルドの艦上は平穏とした空気に包まれていた。リファシスも、一度艦橋に出頭して身の回復と試験飛行結果の報告を行ってからは特にこれといった用事もなく、軍医の勧めに従って兵員室で安静に過ごすことにした。もっとも、部屋に入ったとたんに飛行兵たちに囲まれて体調や新型機の感想について質問攻めを受けたので、果たして安静といえるかどうかは難しいところではあったのだが。しばらく後、ようやく解放されたリファシスはベッドに横になるとたちまちのうちに寝息を立て始めたのだった。