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蒼空少女騎士団(仮) 第一章「天翔る乙女たち」

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 そういってグラスを受け取ったラーヤは、ちょうど喉が渇いていたこともあり中身を一気に煽った。途端、喉が焼け付くような感触が彼女を襲った。
「ちょ、ちょっと教官。これ、お酒なんじゃ……」
 むせながらそういったラーヤに、ミルファは微笑みながら答えた。
「気付けには、良い薬よ」
「そりゃ、確かに目は覚めましたけど」
 いまだ軽くむせながら、ラーヤは恨みがましい目でミルファのことを見つめた。その姿は、ラーヤが航空学校に通っていたころにくらべて少し成熟し、まだ少女のあどけなさを残していた当時と違っていまではすっかり成熟した美しい大人の女性へと変貌していた。在学時からミルファにあこがれていたラーヤはそのままミルファの姿に魅入ってしまいそうになり、慌てて頭を振ってその考えを追い出した。
「そういえば、教官はどうしてここに?」
 ミルファと顔を合わせて随分と時間が経ち、いまさらな質問ではあったがラーヤはまずそう問わずにはいられなかった。
「あら、教え子の様子が気になったから、というのでは理由にならないかしら」
「生徒一人一人の様子を訪ねて廻ってるんですか?」
「まさか」
 食い下がってきたラーヤにミルファは応えると、手に持っていた自分のグラスを煽った。
「でも、あなたのことが気になったというのは、本当よ」
 まさかこんなことになっているとは思わなかったけど、と、ミルファは付け加えた。それを聞いたラーヤは再び暗い表情になり、彼女にとっても今回の事態はまったくの予想外だったのだとミルファに告げた。
「最初は、話せばわかり合えると思っていたんです。でもどうしても争いが避けられなくなったとき、この戦いには勝たなければならないと固く自分に言い聞かせました。だって、敗者の言い分なんて誰も聞く耳を持たないでしょう? 勝利してこそ私に野心がないと堂々と宣言できると思って、必死で戦ったんです。でも」
 ラーヤはそこでいったん言葉を句切った。ちょうど前を通りかかった売り子を呼び止め、ミルファが新しいグラスを二つ手にすると片方をラーヤへ差し出す。彼女はそれを受け取ると、口に含んだ。先ほどの酒とは違い、今度は適度に酸味のきいた果実の味が喉を潤すと、ラーヤは言葉を継いだ。
「でも私、思ったんです。私がいくら王位に興味がないといっても、誰も信じてくれない。それどころか、それを理由に戦いを仕掛けられて、でもみんなを見捨てるわけにはいかないから精一杯抗い続けて、そうしたらますます疑われるようになるし争いに参加してくる人たちは増えるし、挙げ句の果てには家族はみんな殺されてしまうし。私のやってきたことは、いったい何だったのだろうって」
 一気に思いを吐きだした後、ラーヤは私なんて最初からいないほうがよかったのかしら、と弱々しく口にした。
「それは違うわ、ラーヤ」
 間髪を入れず、力強くミルファはラーヤの最後の言葉を否定した。
「見なさい、この人だかりを。貴方が無事だったことを喜んでいる人たちが、これだけいるのよ。もちろん、領主様たち、というか貴方のご両親がそれだけ慕われていたからなのでしょうけど、それだけならこれほどの騒ぎにはならないわ。貴方自身、十二分に人々に愛されているからこそみんなこれだけ喜んでいるのよ。そんな貴方が、いなければ良かったかもだなんて悲しいことを言わないで」
「でも」
 ラーヤはぐしぐしと鼻をすすりながらいった。
「私、正直もうどうしたらよいのかわからないんです。このまま争いを続けても事態が好転するとも思えないし、かといって白旗を揚げて投降したところでいったいどうなるのか」
 ラーヤはそこでいったん言葉を句切ると、両手でその身を抱えるようにしてぶるっと震えた。
「最悪、処刑なんてことになったら……嫌だ、私はまだ死にたくない!」
 普段は貴族の娘として非の打ちようがなく振る舞っているラーヤも、いまこの場では二十歳そこそこの一人の少女に過ぎなかった。ミルファはラーヤをそっと抱き寄せると、
「大丈夫よ。大丈夫だから」
と言い聞かせるように何度もラーヤに向かって声をかけた。
 ラーヤが落ち着きを取り戻すまで、しばらくの時を要した。無理もない。年端もいかないこの少女に、いったいどれだけの責任と重圧がのしかかっているのだろうか。そう思うとミルファはいたたまれず、この姫君のために少しでも力になりたいという気持ちを改めて強くするのだった。
 開けて翌日、ラーヤを中心に開かれた軍議の場には、彼女に請われてミルファも加わっていた。ラーヤ一人を除いて領主一家が命を落とすという事態を目の当たりにした結果、会議の場は冒頭から荒れた様相を呈していた。
 議論は大きく二つの意見が対立するという形で膠着していた。一つはこのまま降伏すること、そしてもう一つは徹底的に抗戦するというものであった。前者はこのまま争いを続けても終わりが見えぬ泥沼に沈み込むだけになることを危惧し、後者はラーヤが無事に生還し領民が高揚に湧いているいまこそ一気に勝負を仕掛け、決着を付けようというのが主張であった。
「ラーヤ様のお命が保証されるという根拠は、どこにもない」
 抗戦派の一人が発言した。降伏派によれば、王位継承権を放棄することでラーヤの生命を保証してもらうことが大前提となっていたが、それが単なる希望的な憶測に過ぎないことを指摘したものだった。
「しかし、抗戦して負ければそれこそ姫様の立場は悪くなる。どう転んでも極刑は免れまい」
 舌戦が繰り広げられる中、当のラーヤ本人は沈黙を守っていた。というのも、自分自身が話題の中心となっているため、どのような発言をしてもどちらか一方の肩を持つことになりかねなかったからである。がしかし、議論が平行線をたどったまま進展しない現状を鑑み、彼女はミルファに意見を求めることにした。
 ラーヤの後ろに控えていたミルファは、ラーヤから航空学校時代の恩師で空軍のエースパイロットであることを紹介され、一歩前に出て意見を述べた。
「私見を述べさせていただきますと、すでに王国は全土を巻き込んだ内戦状態に陥っており、いまこの自治区として降伏の意思を示したところで効果はないと考えます。そのときは、単に他の勢力に攻め込まれて領内を蹂躙されることとなるでしょう。次に抗戦した場合についてですが、先ほど述べたように、すでに全土が内乱状態に陥っています。従って、現時点ではどこに勝利すれば終わりなのかといった算段ができません。最悪、王国すべてを統一するくらいの覚悟がなければ抗戦は避けるべきでしょう」
 外来者風情が知った風な口を叩くな、それではいったいどうすればよいのかといった野次を一斉に出席者たちから浴びせられる中、ミルファは言葉を続けた。
「これは一つの可能性ですが、本自治区には洋上一〇〇〇キロに浮かぶ環礁の統治権が認められていたはずです。いったん、ここに避難して体制を整えるといったことも考えられます」