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蒼空少女騎士団(仮) 第一章「天翔る乙女たち」

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 まったくの想定外の提案だったのか、ミルファの言葉にその場にいるものたちの間に困惑が広がった。もっとも当のミルファ自身が、自分の口から出た言葉に一番戸惑っていたのかもしれない。国を捨てろというのも同然の言葉を、為政者たちに投げかけているのだから。しかし、ラーヤはこの荒唐無稽とも思える提案を、至って真剣にとらえていた。
「私は、その選択もありだと思う」
 ラーヤの言葉に、周囲の人たちは騒然となった。
「もちろん、皆にまでついてくるように強いるわけではない。ただ、私自身がこの地に留まり続ける限りはミルファの言ったとおり、いたずらに争いを長引かせるだけにしかならない。私はそんなことは望んでいないし、民にも負担がかかるだけで利点はない。であれば、彼女の提案した選択肢も検討したいと思う」
「姫様は、残される民を見捨てるつもりでおられるのか!」
 抗戦を主張していた貴族の一人が、机をだんと叩いて抗議した。
「そんなことはない!」
 ラーヤは気色ばんで叫んだ。
「そんなことは……ないわ」
 静まりかえった室内の空気に気圧され、ラーヤは力ない声で言い直した。
「でもね、争いごとを続けて最大の犠牲者となるのが民であることは間違いない。それは、ずっと前線を見て廻ってきた私が一番良くわかっている。であれば、戦いを避ける方法があったとして、その可能性を探ってみることを私は否定したくはない」
「我々為政者あってこその民であろうが。ご家族を亡くされたことで、姫様は腑抜けになられたのか」
 まだ納得のいかない貴族が吐いたこの一言に、周囲からいっせいに不遜だ、身の程をわきまえろといった声が上がり、再び室内は騒然となった。
「民あってこその国なのよ。そこをはき違えないで」
 喧噪が収まるのを持って、ラーヤは穏やかに、しかしきっぱりと言い切った。
「とにかく、私はあらゆる可能性を検討してみたい。とはいえ、皆も色々と思うところはあるだろう。本日はこれでいったん休会とし、明日に改めて意見をとりまとめたいと思うが異存のある者はいるか?」
 ラーヤの言葉にまだ若干の不平不満をつぶやく者はいたものの、真っ向から反論する者はおらず、その日はいったん休会する運びとなった。開けて翌日、再開された議論は激論に激論を重ね、三日三晩が過ぎた後にミルファの提案をほぼ受け入れた形で現地の統制を放棄し、洋上遙か遠くの島嶼にて体制を整え直すことに落ち着いたのであった。しかし、その代償は決して小さなものではなく何名かの有力貴族たちがラーヤの方針に同調できないという理由で彼女の元を去って行った。
 一方、その事実を知らされた市井の者たちは多くがラーヤと行動を共にすることを望み、彼女が民衆から集めている支持が大きなものであることを再認識させられたが、とはいえ飛空船や大小様々な船をかき集めたところで到底そのすべてを移住させるには事足りず、また目的地の島嶼自体も大挙して人が押しかけたところで全員が暮らしていけるだけの余裕がないことは明らかであったから、最終的に大胆にその人数を絞り込むことが必要だった。残されることになった人々は、ラーヤが飛空船でこの地を去ろうというときにはその航路に沿って集い、口々にその帰還を心待ちにしていることを大声で訴えかけたという。その人の流れは海岸に至るまで途切れることなく、上空から見ると長い蛇のようであったと後にラーヤは述懐している。ちなみにミルファだが、自らが発案したということもあり、ラーヤに同行したい旨を申し出て、ラーヤもまたそれを了承したのであった。
 こうして、南部自治領を治めていたロゼフィルド家とそれに連なる人たちは、いったんこの大陸の歴史から姿を消すことになる。しかし、ミルファやラーヤの思惑とは裏腹に、その名が再び大陸で聞かれるようになるまでにはさほど時はかからなかったのであった。