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蒼空少女騎士団(仮) 第一章「天翔る乙女たち」

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「そうね。私も同意するわ。となると、ラーヤ様がお戻りになるまでこの街に滞在したいのだけど、宿とかは営業しているのかしら?」
 ミルファが街の外れの宿に落ち着いたのは、それからほどなくしてのことだった。中心街の宿は軒並み進駐軍の駐屯先として接収され、よしんば一般客を受け入れていても、ミルファのような妙齢の女性がこの混乱している時期に一人で宿泊するのは興味本位であれこれ探られかねないという、男の忠告に従ったのである。
 さて、ミルファが主都にたどり着いたころ、前線に身を構えていたラーヤの元に主都が急襲され、親族一同が全員処刑されたという悲報が伝わっていた。その電文を目にしたとき、立ったまま将校と打ち合わせをしていたラーヤの体はよろめき、とっさに机に手をついて体を支えたという。しかし彼女は、慌てて駆け寄る家臣たちを前に気丈にもそれ以上取り乱すことはせず、努めて冷静な声で主都が敵に占拠されたという事実だけを伝えた。どよめく周囲をよそに、ラーヤは参謀を集めて急遽、主都を奪還する作戦を立て始めた。それはとりもなおさず、いま現在維持している戦線を放棄することを意味していた。そのままでは、周囲に点在する村や町をみすみす敵に渡すこととなるため、ラーヤは戦力を二つに分けることにした。すなわち、速度に優れる航空兵力を中心とした部隊でいち早く首都奪還を目指すとともに陸軍の部隊は周囲の一般市民を守りつつ、主都まで撤退するという作戦である。部隊を分けるうえに戦闘になれていない市民と行動を共にする陸上部隊は危険な立場におかれることになるが、それでも市民を見捨てるという選択肢はラーヤにはなかった。
 作戦に従い、ラーヤの座乗する飛空戦艦を中心とした航空部隊が戦線を離脱したのは、陸上部隊が撤退を開始したその翌日であった。後に残された敵部隊は、優勢にありながら突如として姿を消したラーヤたち南部自治区の軍勢を半ば呆然とした面持ちで見送っていた。彼らの元に自治区の主都が落とされたという情報が届き、そのため目の前の軍勢が引いたのだと理解するまではまだ少し時間があった。
 この時期、まだ航空兵力の重要性を理解していたのはごく一部のものたちに過ぎなかった。従って、思いも寄らぬ速さで主都へ引き返してきたラーヤの軍勢に対し、油断しきっていた占領軍の一行は慌てふためき、半ば恐慌状態となって一目散に遁走していった。いっぽう、息苦しい占領下の生活を強いられていた市民たちはラーヤの帰還を歓喜して迎えたのだった。
 地上に降り立ったラーヤは、いの一番に近くにいた市民に家族たちの状況を尋ね、後始末を参謀に任すと中央広場へと駆けつけた。そこではちょうど、自由の身となった市民たちがくくりつけられたまま野ざらしにされていた遺体を地面へとおろし、埋葬の準備を行っているところだった。
「ラーヤ様!」
 集まっていた市民の誰かが、ラーヤの姿に気付いて声を上げた。それを合図に、みないっせいにラーヤへと視線を向けた。誰も声をかけることもできず、固唾をのんで見守る中、ラーヤは一歩一歩ゆっくりと広場の中心に並べられた遺体へと近づいていき、その脇に膝をつくと上にかけられていた布を顔が見えるところまでそっと下ろした。あたりに漂う腐敗臭がよりいっそう強くなる中、ラーヤは確かにそれが自分の家族のものであることを認めると、深くうつむいて嗚咽を漏らした。
 ラーヤが頭を垂れている間、周りの人々は手を止めてそっとその姿を見守っていた。やがて彼女が深い悲しみから浮かび上がり、遺体にそっと布をかぶせ直しても人々はどうすればよいのか戸惑い、互いに目配せはするものの具体的な行動を起こすものは現れなかった。ミルファが広場にやってきたのは、まさにその瞬間だった。誰もが動きを止めた中、さくさくと静かな足音をさせてラーヤの背後にまで迫った彼女はそこで足を止め、そっとラーヤに向かって呼びかけた。
「ラーヤ・ロゼフィルド」
 まったく予想だにしていなかった声を聞き、ラーヤはびくっと反応した。恐る恐る振り返った彼女の目の前にいたのは、学生時代に厳しくも生徒のためを思って接してくれたミルファ・アッシュその人だった。
「教官」
 そう口に出した瞬間、ラーヤの心に一気に学生時代の懐かしい想い出があふれ出してきた。屋敷という枠組みから飛び出して初めて世間を知ったのも、このときだった。世間の厳しさというものを少しずつ理解しながらも幸せだった当時、いったいどこで道を誤ってこんな結末を迎えてしまったのだろう。そう思うと、いったんはこらえた涙腺が再び決壊するのを避けられなかった
「教官、うわああああ!」
 ミルファの胸に顔を埋めて、ラーヤは号泣した。ミルファは、そんな彼女をそっと抱くと、ラーヤに向かって声をかけた。
「辛い目にあったわね、ラーヤ」
 ラーヤの泣き声は、それからしばらく続いた。最初は何事かと見守っていた周りの人々も、二人が知り合いであることがわかるとそれぞれ自分の仕事へと戻っていった。とはいっても、残る作業は遺体の埋葬程度だったので、手持ち無沙汰になった人たちが徐々に周囲に集まり、やがて彼女たちの周りに幾重にも輪が出来ることになった。ひとしきり泣いたラーヤがふと我に返ってあたりを見回し、大勢に見つめられているのに気付いて年相応にはにかんでみせたのは、それから少し経ってからのことである。
 それからのひとときは、ラーヤの無事と帰還を祝う歓喜の声で、広場一帯はすごい喧噪に包まれた。何事かと覗きに来た人たちも、事情を知るや次々とその輪に加わったので、広場に集う人混みは数を増していくいっぽうだった。しかし、そんなお祭り騒ぎにもいつか終わりが来る。集った人たちはそのままラーヤを先頭に、侵略者たちの犠牲となった領主一家とその使用人たちを墓地へと送り届ける葬儀の列へと姿を変えた。
 街全体がまだ復興の最中であることとラーヤの意向もあって簡略した葬儀と埋葬を終えた一行は、再びラーヤを囲んでの大騒ぎへと発展していった。最初のうちこそ、葬儀の後だからと遠慮していた人たちも、やがて酒が入るにつれて徐々に騒ぎへと加わりだし、結局の所は最初に広場で起こったのと同様のお祭り騒ぎへと移ろっていったのだった。もっとも、ラーヤ自身もこの騒ぎを黙認しているふしがあった。というのも、ともすれば深い悲しみに沈み込んでしまいがちないまの気持ちを、周囲の雰囲気が無理にでも引き留めてくれたからである。でなければ、一度に親族を失ったいまの彼女は絶望の淵に沈み、しばらくは立ち直れないままの状態が続いていただろう。もちろん、だからといって彼女の悲しみがすぐに癒されるわけでもなく、自分がいなくとも大丈夫なことを確認すると、そっと人の輪を抜け出して一人になったところで大きくため息をついたのだった。
 そのままぼんやりと人々の様子を眺めていたラーヤの意識は、突然頬に押し当てられた冷たい感触に、急速に表層へと浮かび上がった。見ると、そこには氷の入ったグラスを手にしたミルファが立っていた。
「疲れたでしょう。少し、飲まない?」
「いただきます」