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蒼空少女騎士団(仮) 第一章「天翔る乙女たち」

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 このような状況にあって、相も変わらず中央で教鞭をふるっていたミルファは南部自治区の情勢に気が気でならない日々を送っていた。彼女は最初からラーヤが謀反を企てているなどという噂を信じていなかったし、むしろその噂によってどれだけラーヤが傷ついているかを考えると、ともすれば講義も上の空になる勢いだった。それでも、噂が噂で済んでいる間はまだましだった。いざ戦端が開かれたという話が聞こえてくると、ラーヤの身をおもんばかって気もそぞろになる時間が日増しに増えていくことになったのも致し方のないことだったといえよう。このころ、このころ、南部自治区と各地とを結ぶ郵便はまだかろうじて機能していたが、ラーヤからの頼りは絶えて久しく新聞やラジオを通じて以外にラーヤの動向を知ることはできなかった。よしんば、彼女が手紙をよこしたところで検閲にひっかかることは目に見えていたうえ、そのことでミルファに余計な嫌疑がかかることは明らかだった。もちろんそれは、ミルファからラーヤに対して連絡を取ることに対しても同じことがいえ、従って彼女は途切れ途切れに伝わってくる伝聞に必死で耳を傾けていたのであった。
 やがて、全土が内線の渦に巻き込まれるとそのような情報もいよいよもって届かなくなってしまい、たまに聞こえてくる話もどこまで本当でどこからが噂なのか判断がつかないような有様だった。事ここに至って、ミルファは退役して南部自治区へと向かうことを決意した。幸か不幸か、中央の貴族が中心となっていた人事では片田舎の下級貴族の出であるミルファを軽んじる向きがあったこともあり、彼女の申し出はあっさりと許可され、晴れて自由の身となったミルファは早速荷物をまとめると目的地に向かって出立した。
 内戦に陥っているとはいえ、戦渦に巻き込まれている地域は一部にとどまっており、移動はさほど大変なものとはならなかった。とはいえさすがに南部自治区に入ると要所要所で検問が設けられており、ただならぬ情勢にあることをいやが上にも感じざるを得なかった。その上、つい先日まで軍属であったミルファはどの検問所でも素性を疑われ、長いこと足止めをされて旅程は遅れがちであった。そのような理由で、平時であれば列車で一昼夜もあれば着くはずの主都にようやく足を踏み入れたのは、ミルファが王都を後にしてから実に五日が経過していた。
 後々までずっとミルファが悔いることになったのは、彼女が主都に到着する直前に敵対する勢力が主都へ突入していたことだった。その日、その目で見たことを、ミルファは生涯忘れることが出来なかった。主都に侵攻した勢力は守備隊の激しい抵抗を押しのけついには領主の館へと到達し、そこを占拠すると同時に領主一家を手中に収めていた。前線に出ていたラーヤを除く一族は、女子供に至るまで広場へと集められ、見せしめのためにその場で公開銃殺に処せられた。そして、主のいなくなった館は火を付けられ、跡形もなく灰燼と帰したのであった。ミルファが足を踏み入れたのは、そのような惨劇の痕がまだ生々しく残っている場所だったのである。
 領主の館のありかを尋ねたミルファは、すぐさま一家を襲った悲劇について知ることとなった。そして大急ぎで街中央の広場へと向かった彼女は、柱にくくりつけられたまま息絶えている領主一家と対面することとなったのである。占領軍の意向により、彼らの遺体はしばらくの間さらし者とされ、勝手に埋葬を行うことは固く禁じられていた。もっとも、好きこのんでつい先日まで自分たちの領主だったものたちの無残な姿を覗きに来るものもなく、広場は見張りとミルファを除いて誰一人いない空虚な空間が広がっていた。広場を取り巻く屋敷の屋根の上から遺体を狙っていた鳥が、ひときわ甲高い鳴き声を上げた。
「何てことなの」
 目の前の光景に半ば呆然として、ミルファはつぶやいた。しかし、同時に彼女は、並んだ遺体の中にラーヤの姿がないことを素早く見取っていた。
「ちょっと、そこの貴方!」
 滅多に見ない人影を物珍しそうに眺めていた見張りの男たちの一人に、ミルファは声をかけた。
「ラーヤ殿下のお姿が見えないけど、どうされたのかご存じかしら?」
 声をかけられた見張りは手でミルファの口を遮るような素振りをしながら、彼女に近づいてきた。
「姉さん、大きな声で滅多なことをいうもんじゃねえ。いまこの街では、領主一家とそれに関わる人間は重罪人扱いされてるんだ」
「な、仮にも王族に名を連ねる方たちなのよ。それを犯罪者扱いするにだけでは飽き足らず、こんなむごたらしいお姿をさらしたままにするなんて、この街の人たちには誇りというものがないの?」
「よし、それ以上痴れ言を抜かすな、逆賊が!」
 男はミルファの腕を取ると、彼女の耳に口を近づけると早口でささやきかけた。
「俺たちだって好きでこんなことしてるんじゃねえ。生きるためには仕方がないんだ」
 それだけいうと、彼はミルファの腕を背中の方にねじり上げて再び大きな声をあげた。
「詳しい話は詰め所で聞かせてもらう。こい!」
 ほかの見張りたちも彼女のことを取り囲もうと動き出しているのを見てとったミルファは、ここで騒ぎを大きくするのは得策ではないと判断し、素直に男の言うことに従うことにした。すると、彼女が特に抵抗しないと判断したのか、見張りたちは警戒をしながらもそれ以上距離を詰めてくることはせず、ミルファはそのまま広場を取り巻く建物の一角に設けられた詰め所へと連行されたのだった。
「さて、と」
 詰め所で机を挟み、ミルファの向かいに座った男は口を開いた。
「お前さん、余所者だな」
「なぜ、そう思うの?」
 ミルファの問いかけに、男は指折りながら答えた。
「理由は二つ。この街のものだったら領主様たちがどうなったか、とうに承知しているはずだってこと。あと一つは、いまこの街で領主様たちのことについて声を大にしてどうこういう奴なんていないってことだ」
「あなたは、この街の人なのね」
 ミルファの疑問に、男は大きく頷いた。
「そうだ。だが、いまこの街には攻め込んできた連中が大勢うろついている。そんな奴らにさっきみたいな話を聞かれてみろ。すぐに尋問されて、下手したら投獄されちまうことだってあるんだ」
 そこまでいうと、男は背もたれに体を預けながら煙草に火を付けた。
「だから、単なる興味本位ならさっさとこの街から離れた方がいい」
「そんなことはないわ」
 そういって、ミルファは差し障りのない範囲で、すなわち自分とラーヤが教官と生徒という関係だったことを明かした。
「なるほどなあ」
 男はゆっくりと煙草の煙を吐き出した。
「だがな、ラーヤ様はずっと前線に出てらっしゃるし、正直いまどこにいるのかなんてことはわからんよ。もっとも、あのお方のこと、この街の惨状を知ったら真っ先にとって返してくるだろうとは思うがね」
 その可能性は確かにあるかもしれない、とミルファは思った。いやむしろ、ラーヤの性格からして事態を知れば必ず主都に戻ってくるだろう。そう判断した彼女は、ラーヤが姿を現すまで主都にとどまることに決めたのだった。