コックリさんの歌
コレは知り合いの巡査部長から聞いたものだ。なんでも、肝試しをしていた子供が、三人まとめて消え去ったという。
子供たちは夜の廃校でコックリさんを行っていたという。家に子供がいないことに気付いた親御さんが町内会に呼び掛け、総出で探しまわったが子供たちは姿を見せなかった。その代わりに、町外れの外れの外れ、廃村となった部落の廃校の一室に、コックリさんに使用されたと思しき道具一式だけが見つかったのだとか。
これだけならただの行方不明事件だが、ここからが本題。
後に、一人見つかったという。村の外れで、一人ぼぅっと立っているところを発見されたという。
本人は証言する。「あの建物でコックリさんをしてたらいつの間にかここにいた」、と。体中に大量の葉っぱがくっついていて、その様子はまるで『狸に化かされていた』ようであったという。
それを口火に、残りの二人も順番に見つかる。
二人目は、林中の開けた場所にて見つかる。まるで悟りを開いたかのように、世間に関心を示さなくなっていた。
本人は証言する。「天狗に教えを説いて頂いた。これ以上、この世に学ぶことも他にない」、と。
そして、最後の三人目。その廃村は稲荷信仰を中心とした宗教形態の集落であり、村の外れにはお稲荷様を祀った社がある。そこでその子供は見つかった。
――子供は錯乱状態だった。まるで獣のような立ち振る舞いで、ネズミを喰い殺していたという。
これが孤狗狸事件の概要さ。
「そりゃまたややこしい話です」
『妖孤、天狗、化狸。これはまた揃い踏みしたものだ』
「あ、やっぱそーいう類の化生が関わってるんだ。やだなぁ、最近狐やら狸やらの嫌な話を聞いたばかりなのに」
この商売をしていると、自然とそういった話が耳元に入って来るものだ。狸に食料を強奪されただの、狐と鬼ごっこして負けたら鬼になるだの、終いには犬神と天狗の争いに巻き込まれるだの。
「ん? 最後だけなんか違うな」
二つ目までなら妖怪怪奇譚だが、最後の話はそこだけ聞けばなんだか妖怪活劇っぽいぞ。
「で、いつものように何かヒントを寄こせと。それにしても下沢さん、相変わらず横着しますね。警察は足を使ってなんぼでしょうに」
あのデブに足を使う仕事なんて向いているわけがない。何をどうしたら警察官があそこまで肥えることができるのか、気になるところでもある。
まあ、これでも下沢の情報屋であるのは確かだ。あいつの奢りで肉が食えるのなら、手伝ってやらなくもない。
『憲兵としての仕事は、子供が見つかった時点で終わりなのではないか?』
「憲兵って……まあいいか。このまま報告書を上げたら裏付け捜査を命令されたからその手伝いをしろ、という話だよ。裏付けさっさと終わらせてサボりたいんだとさ」
「うわぁ、こんな警察官に担当されるの人に同情を禁じ得ません」
そんなに不真面目な男でもないのだが……まあいい。
「話を戻すよ。それじゃあ、状況、事象の整理だ」
その一、子供たちは肝試しをしていた。
その二、肝試しの舞台は、町外れの廃村にある真夜中の学校。
その三、廃村の守神は稲荷であった。
その四、廃校ではコックリさんが執り行われた模様。
その五、その後の子供たちの足取りは掴めず。
その六、数日して、子供たちは突然、相次いで妙な形で発見される。
その七、一人目は狸に化かされ、二人目は天狗に教示によって世捨て人のようになり、三人目は狐に憑かれた。
とりあえずは以上だ。この情報だけなら、物の怪や神魔の仕業と見るのがまあ妥当だろう。
「稲荷神を崇めていた廃村でコックリさんなんかしたら、そりゃまずいことになるんじゃ?」
「コックリさんで呼べるのはその辺の動物霊が関の山だよ。そりゃ、神社の境内でやったらまずかろうと思うが、コックリさんを行ったのは廃校の中だ」
『そうとも限らん。何が起こるのか分からないのが物の怪の世界だからな。ただのアマガエルが狂骨と過ごすことで化蛙になることもあるからな』
そりゃ、アマミさんはそうだろうけども……。
さてさて。情報の整理は終わった。後は現場検証だろう。
現場には下沢が車を出してくれた。
現場にはハナちゃんも同行する。アマミさんはハナちゃんのポシェットの中だ。
「相変わらず胡散臭いな」
「五月蠅いな」
ただでさえ、ご近所さんからは怪訝の目で見られているのだから。そりゃ、いい歳こいた独身の男と、小学生に見える中学生が二人で一軒家に住んでいるのだ。しかも家からは謎の三人目(アマミさん)の声が聞こえるのだから、噂になるのも仕方がない。だからせめて、パトカーで来るのは止めてほしかった。覆面パトカーとはいえ、分かる人には分かるのだから。
『知ってらっしゃいます? あそこの人、定職がないという噂でござんすよ』
『しかも、若い子供を引き取って育てているとかなんとか。一体何のつもりでしょうかしら?』
『これは事件の匂いでござんすよ』
『そうですわね、子供相手に夜な夜なマッサージやプロレスごっこなんてしていたりしたら……。これは通報をした方がよろしくなくて?』
『おまわりさんこっちです』
大体こんな感じだ。
……ハナちゃんがフォローしてくれなければ、今頃僕はブタ箱の中でした。人の好意とはたまにトンデモない事態を引き起こすモノだ。
「あの子、いくつだ?」
「今年で十三だよ。学校の制服、高かったよ」
「男親となると大変だろ? 投げ出したいとは思わないのか?」
「そうでもないさ。楽しいことも多いから、投げ出そうとは思えないさ」
そんな会話をひそひそと、男二人で話す。それは、後部座席のハナちゃんが疲れて眠っていたからでもあった。
「お前、なんであの子を引き取ったんだ? 面倒事の類だろ、アレは」
「んー、はてさて、どこから話したものか。……そうだね、類は友を呼ぶって奴だね。同類だから、助けてやった。それだけのことだよ」
「同類? お前とあの子がか? 俺にはそうは見えんぞ。あの子は一体何者なんだ?」
「好奇心、猫を殺すぞ……まあいい。そうだな。どこから話したものか。
あの子はさる旧家の出身でな。といっても、隠し子の類さ。その当主が住みこみで働いていた家事手伝いの娘を孕ませたんだ。まあ、孕ませたものは仕方ない、ということで、こっそり育てられた。その後家事手伝いの娘とその乳子はひょんなことから放任させられる訳だが、その後、乳子の母親は急死。三つになるその子は、親戚中をたらい回しにさせられることになる。ある時はその出生が元で、ある時は血筋が元で、ある時は母親と親戚との確執が元で。だけどね、最も大きな理由は、その子の特異体質だったのさ」
「特異体質? 病気でも抱えてんのか?」
「病気と言えばそうだネ。しかし、違うと言えばそうでもある。その子はね、霊媒体質なのさ。この世ならざるモノを引き寄せてしまうという特殊な能力を持って、その子はこの世に生を享けたんだよ」
「この世ならざるモノ?」
「――幽霊とか妖怪だよ、要は」
「なるほど、それで今日の仕事に連れて行ってる訳か」
まあ、その通りだ。