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しぼりだした素直

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「ちょっと、お茶でもしない?」
 いつだったか、誘われてほいほい着いていったのが彼女の部屋で、そこで出されたのもジャスミンティーだった。
「良いの、部屋に上げても?」
 先輩の手前、彼女の部屋に入るのは憚られる。とはいえ、着いてきてしまったのだから仕方ないと、肩身を狭くしながらカップに手をつけた。
 強い香りだ。あまり好みじゃないなと、なかなか減らせなかったのを覚えている。
「おいしい?」
「……嫌いじゃ、ないかな」
 そう、と呟いた彼女は一人でお茶を楽しんでいた。

「久しぶりだよな、お前とサシで飲むのは」
 少しやつれたように見える先輩はとりあえずと、ジョッキを掲げた。僕もそれに倣い軽くぶつけ合う。
「そうですね」
 苦味と炭酸が全身を侵食していく感覚。これを旨いといえるほど、その時の僕は大人ではないようだった。今ではどうなのか、あんまり考えたくはない。
「はあ、もう嫌になるな」
 今日は先輩の愚痴に付き合うことになりそうだ。てきとうに注文した料理をつまみながら、勢いよくジョッキを空けていく先輩は、それなのによく喋っていた。僕もあまり人のことをいえないけれど、この人は相当なお喋りじゃないのだろうか。
「聞いてくれよ」
 聞いている。何度もそう返しそうになるほど、先輩の愚痴は続く。やれ教授がうるさいだの、どこそこの企業が気に食わないだの、はては政治経済を相手取り。
「――、でな、別れたんだよ」
 唐突だった。
「彼女と、ですか」
 尋ねるというより、確認作業。何となくそんな気はしていたのだ。最近忙しそうにしている先輩が、彼女と連絡を取り合っている様子はなく、三人で出かけることもなくなっていたからだ。
「お前たちのゼミが決まった矢先なんだけどな」
 まったくだ。これからまた三人、同じゼミで和気藹々とやっていく予定だったのに。この人はとんでもないことを言ってくれる。
 半分も減っていないジョッキを恐る恐る傾ける。苦い。
 ジョッキの重さで腕が震える。
「どうするんですか」
「大丈夫だ、喧嘩別れじゃないし」
ヘラヘラとしている先輩。僕が何もいえずにいると、だから、とそんな前置きで先輩は何でもなさそうに言ったのだ。
「お前に譲るよ」
と。
「そいつはどうも、余計なお世話をありがとうございます」
 多分そんなことを返した気がする。互いに酔っていたのだ、若かったのだ。胸倉を掴んで拳を握った。初めて、人を殴った。

「別れたの」
 知っている、とも呟かず僕はジャスミンティーを啜った。
 あれから、先輩とは気まずくて、今は彼女とも出来れば会いたくないのだが、そうもいかない。同じゼミにいれば必然的に顔を合わせざるをえない。
 幸いなのは、先輩が相変わらず忙しそうにしているので、滅多に会う機会がないことくらいだろうか。
「おいしい?」
 僕はだんまりと、カップを口につけるばかりだった。
作品名:しぼりだした素直 作家名:硝子匣