卍の謎
小説:卍の謎
佐武 寛
一
いま現場に居るのは、サブロー、ヤスケ、正子である。三人は殺された花子の友だちで日頃から群れ合っていた。この日は四人で夜十時過ぎまで歌舞伎町界隈で遊んだあと、花子は一人でマンションに帰った。三人が花子のマンションに来たのは明け方の四時である。ノックしても応答が無かったから正子が合鍵でドアを開けた。花子と正子はこの部屋をシェアーしている。
「このマンションのカギを持ってた奴が正子以外に居るのか?」
サブローの目が光る。その先に正子がいた。
「わたしは知らんよ」
正子がおびえたように声を震わせる。
「花子と正子の共通の男やろ。そうとしか思えんぞ」
正子がうつむく。しばらくして、
「共通の男って、サブローやないか」
正子の傍にいたヤスケがわめいた。
「馬鹿野郎、ヤスケは俺をうたがっとるのか」
サブローとヤスケの間に緊張が走る。
この場合、こんなに無駄な会話は意味がない。三人ともに揃ってこの部屋に来たのだから誰も犯人ではないのだが、「鍵」をめぐって日頃から疑心暗鬼だったから、そのことが口に出たのだろう。
「警察に届けろ。届けないと俺達の誰かが疑われる」
ヤスケはそういいながらケータイを手に持った。
花子は十八歳、大学のサークルでヤスケ、サブロー、正子は仲間だった。花子には援助交際をしている男がいるともっぱらのうわさがあって、その男を突き止めてやろうと、サブローはやっきになっていた矢先に、この事件が起きた。まさか、援交の相手が花子を殺るわけはないとサブローは思っているが、ヤスケは、カネのもつれで、その男が花子を殺ったのではと疑っている。
正子は花子より2歳年上でサブローやヤスケと同年輩である。年下の花子は正子を姉のように慕っていた。花子には男をひきつける魅力が天性のように備わっていたので、男たちは花子を手に入れようと競い合って近寄ってくる。正子はそれから花子をガードした。正子には花子を男に取られたくないという気持がある。花子にもその気持が伝わってくるので、二人は実の姉妹以上の心の結びつきを持つようになった。 事実、二人の関係はレズに発展していた。
花子が性行動に奔放になったのにはそれなりの理由がある。 花子が中学生の二年のときに、高校教師であった父親が浮気をして母親が家出してしまったので妹と二人で家事をしてきたが、花子が高校1年になった年に父親が同僚の女教師と再婚した。
それ以来、花子は自分の殻に閉じこもって両親とは口を利かなくなる。花子が援交を始めてやったのは、自立するためのカネが欲しくなって、高校の友達から男を紹介してもらったときである。花子の心に父親に対する嫌悪と新しい母親に対する反発があったと、花子は正子に漏らしていた。
援交のことが学校に知れて、花子は転校する。両親は花子に異常に気を遣うようになる。両親には自分たちの体面を繕うためには、花子に二度と過ちを犯してもらいたくないという気持があったのだろうと花子は言っていた。花子の中・高生時代の6年間は思春期の感情をかきむしるような殺伐としたものであったことを正子は聞かされている。その花子に対する同情が正子とのレズに発展したのは、体を温めあうことでしか花子を慰めることが出来なかったからであろうか。あるいは、花子が援交に再びのめりこんだことへの正子の嫉妬が花子を許せなくなってのことだろうか、多分、同情と嫉妬が重なり合ってのことだったのだろう。
二
花子殺人事件は、サブロー、ヤスケ、正子の人生航路をおおきく変えることになる。花子の死を警察に通報した三人は、事情説明のためという名目で警察に任意同行されたのだが、実際は被疑者の取調べ同然であった。花子と肉体関係のあったサブローと正子は、当初取り調べに対してそのことを隠していたが、ヤスケが花子と関係のあったのはサブローと正子だと告げたので、どちらかが花子を殺したのではないかと警察は疑いを持った。
「おまえたちのうち、誰かが殺ったのだろう。 花子とおまえたちの関係は調べが付いている。不良仲間のことは平生から内偵しとるんじゃ。素直に吐かんと痛い目にあうぞ」
取調べの刑事・八島は凄みを利かせている。
「俺達が花子の部屋に来たとこには、花子はもう死んでいたのだ。だから直ぐに警察に知らせたのじゃないか」
サスケが憤然として抗議してるが、八島は聞く耳を持たないようにあざ笑っていた。三人から事件の事情を聴取する段階であるのに、事件の通報者である三人を被疑者扱いにしている。これは許せないことだが、脅しをかけて、サブローと正子のどちらかが犯人だと決め付けて、自白を迫っていた。
「どちらかがウソついとる。警察をなめるな」と、八島は激怒し、椅子に座ってる二人を蹴飛ばした。正子は胸を床にぶちつけ、サブローは頭から転倒する。それから二人は直立の姿勢で尋問を受ける。その時間は3時間に及んだ。正子は朦朧として倒れると、八島の怒声が飛んで、再びもとの姿勢をとるように強要される。サブローはかろうじて立ち続けた。
次の日もまたその次の日も三人は、警察署に呼び出されて八島の尋問を受けた。この間に三人の発言の裏を取る証拠固めが行われたが、八島の予想に反して、三人を疑う証拠は出てこなかった。花子の陰部に付着していたモノはサブローの精液でも正子の陰液でもなく別の男のものと判明した。しかし、二人がそのとき関係していなかったというだけではシロと決め付けることは出来ないと八島は、上司にサブローと正子の取調べを続けるべきだと進言するが、上司はサブローたち三人のアリバイを信用して、別の男を探し出すように命じた。八島は上司の命令であるから従わざるを得ないが、内心では納得していない。
迷宮入りかと思われたときに、花子を殺ったのは花子の父親ではないかという聞き込みがあっって署内は色めき立つ。
「花子が生きていれば僕たちの人生は真っ暗になる。いっそ死んでくれたほうがいい」
父親がそう言っていたという聞き込みがあった。その線に沿って捜査をつづけると、再婚の女教師と娘の板ばさみになった父親から、就寝中の花子を扼殺したという手紙が警察に届いた。捜査員が父親の家に駆けつけたときには、父親はすでに寝室で服毒自殺していた。
「あの娘を殺して自分も死ぬ。泰子のためにはそれがいい」
遺書に書かれていたのはこの短い言葉だけであった。泰子とは再婚した女教師の名前である。この殺人事件は、継母に馴染まない花子が非行に走ったのを苦にした父親が起こした事件として処理された。八島はその決定に不満であったが逆らうことも出来ずに定年退職したのである。
三