小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

リンダリンダ

INDEX|7ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 


やはりどこか上の空だったのだろう。退社時間になって、さあこの後の予定はどうしようかと考えていて、自分が重大なミスをしているのを知った。8月も終わりに近付いているが暑さは続いていた。朝、ぼおっとしていてリンダの水遣りを忘れてしまったのだ。

オレは急いで会社を出た。先に出た菜美が建物を出てすぐの所で待っていた。オレが早足で近付いて行くのを菜美が嬉しそうに微笑んだ。オレは早足のまま菜美の傍を通り抜けた。
「ごめん! 急いでるのだ、また明日」
菜美の凍り付いたような表情が一瞬見えたが、オレはさらに急いで駅に向かった。夏の室内。少しだけ戸を開けてストッパーで固定はしていても、室温は40度近くになるかもしれない。ああ、リンダ大丈夫かな。そんな思いを電車の中でくり返した。電車のスピードがやけに遅く感じた。駅での乗客の乗り降りもやたらのんびりに思えてオレはイライラしていた。最後にちらっと見た菜美の表情も気がかりであった。

植物の水遣りを忘れたから急いでいたと言っても、菜美は信用しないだろう。かといって菜美にだってリンダのことは言うことはできない。まるで両手に花といった感じのここ数日から、罰を受けたような気分になったまま、駅からアパートに向かって歩いていた。さすがに暑さの中を走る元気もなく、気持ちは早足と思うのだが実際にはそれほど早くもないだろうスピードで歩いた。汗だけは大げさなと思うほど全身に感じる。

部屋のカギを開けるのももどかしく中に入り、ベランダ側窓辺に置いてあるリンダのもとに行く。リンダは葉も花もぐったりと萎れていた。オレは水を遣り、横に座り込んで様子を見ていた。汗は歩いている時より多く、胸から腹部を流れている。ああ、オレも水分を補給しなければと、のろのろと立ち上がり、冷蔵庫からスポーツドリンクを出して飲んだ。

水分補給して戻ってみるとリンダも回復の途中だった。葉の色も花の色も本来の色に戻っている。萎れてぐったりしていた葉が持ち上がってきている。オレは感動していた。誰かにこのことを喋りたいと思った。菜美の顔を思い出してしまったが、菜美には特にリンダのことを話すことは出来ないという理性はあった。菜美のキラキラと輝いていた目、笑みが凍り付いて訝しげにオレを見ていた今日の退社時の顔が思い出された。

もし、「何よ、待っていたのに素通りしちゃって」と怒った電話でもくれれば、「ああ、友達と約束していたのを忘れてたんだ。ごめん」とか軽く謝ってすみそうな気がするが、菜美は違うだろう。今頃あれこれと想像し、怒ったり泣いたりしているかもしれない。たぶんオレが出てくるのを待っていたのだろう態度と表情だった。オレから電話をして急いでいた説明するのが筋だろうと思ったが、理由はどうする。オレは上手にウソがつけない。

そういえば、メールアドレスを交換したのだったとオレは思い出した。―さっきは待っていてくれたのかな。友達と約束してたの忘れてて急いでたゴメン― とメールをした。

リンダは、もう普通の状態に戻っている。ごめんよと心の中でつぶやいて、気づくとリンダを撫でていた。
「きゅきゅきゅ」
自分の顔は見られないが、おそらくオレはだらしのない笑顔をしているのだろうと思った。
「菜美には電話をしておいたほうがいいのだろうな」
オレはリンダに語りかけていた。リンダは何も言わない鳴かない。
菜美は、本当に自分を好きなのだろうか。そう思う。じゃあオレは本当に菜美が好きで必要としているのだろうか。ただ独り暮らしの淋しさをまぎらせればいいという程度ではないのだろうか。現に菜美のことは自分が結婚していた時から知っていたし、ああいいなぁと思ったこともなかったではないか。菜美は、オレがリンダを世話し始めた頃に、今までと違うオレに好意を抱いたという。あのキラキラした恋する瞳は本当なのだろう。

そんなふうに自分の想いを振り返ってみて、まだ命を賭けて菜美を護りたい、一緒に暮らしたいとは思っていないことに気づく。

菜美から少し他人行儀なメールの返信があった。
―あれはね マキちゃんを待ってたの 気にしてくれたんですね。うれしいです―
菜美は意外にプライドが高いのかもしれない。オレはそう感じた。

作品名:リンダリンダ 作家名:伊達梁川