リンダリンダ
寝坊して、朝食も摂らずに出る日もあったが、しっかりと余裕のある時間に目覚めた私は、一番始めにリンダに水をやった。
「おはようリンダ」
如雨露からの水のせいか、リンダが踊っているように見えた。ああ、声が聞きたい。私はそっとリンダの肩に手を触れた。鳴かない。指の先でそうっと撫でて見る。
「きゅっ」
鳴いた。私は嬉しくなって二度目の「おはよう」を言う。
ハムとチーズを挟んだパンと牛乳の朝食を食べ、私は新聞にざっと目を通す。日本の経済状況も政治のごたごたも、どうでもいいような気分になっていた最近。しかし、いつもより真剣に記事を読み、考えている自分がいて、こんな気分もリンダのせいかも知れないと思った。ちらっと見たリンダは曇りガラス越しに太陽の方を向いている。
さすがに「行ってくるよ」と声を出して言うのは憚られ、私は心の中で言ってアパートを出た。夏の日差しがもう照りつけていたが、湿度が低くなっているのかそれほど気にならなかった。
♪愛じゃなくても恋じゃなくても 君を離しはしない♪
いつの間にか私はブルーハーツの【リンダリンダ】の歌を口ずさんでいた。
会社での仕事は順調だった。それどころか、昼食にコンビニ弁当を食べ終えたオレの所に女性が話しかけてきたのだ。私用の話しを交わしたことの無い女性事務員、皆にナミさんと呼ばれている菜美に「何かいいことあったんですか?」などと声をかけられ、私は「えっ、ああ、ちょっとね」としか言えなかった。自分では普段通りと思っていても、知らずに態度や表情に出ていたのかもしれない。
「あ、菜美さんリンダリンダっていう歌知ってます?」
「え、ああブルーハーツの? 好きですよぉ」
「ああ、よかった。って、何がよかったんだろう。あはは、オレ何言ってるんだろう。菜美さんと話ができて舞い上がってるのかな」
「え〜っ、中村さんって、面白いひとだったのね。いつも何か怖い顔して話しかけにくかったんですよぉ.。最近は特にね」
菜美は少し甘ったれた語尾の話し方をするんだなあと思い、それもまたいいなと思った。小さな会社なのでオレの離婚のことは知っている筈だった。
「CD何枚もあるんですよぉ」
オレは菜美が私に好意を持っていると感じた。ナミという名前の通り並の器量だったが、今の自分には相応しいんじゃないかという思いがふくらんできている。
「えっ、いいなあ。オレ持ってないんだ」
「じゃあ、貸してあげますね。明日にでも持ってきます」
そう言いながら去っていった菜美の後ろ姿を見ながらニヤついている自分に気づき、オレは掌で頬を軽く叩いた。