リンダリンダ
翌日、菜美にあったらどんな顔をすればいいのだろう、また菜美はどんな顔をして挨拶するのだろうと思いながら出社した。部署は離れていても小さい会社なので顔は合わせる。
「おはようございます」
菜美は、ごく普通の声と普通の顔で挨拶してきた。親しげに挨拶するよりもこの普通の挨拶には色々な思いが込められている、夕べのことを思い出しながらそう思った。会社と言う団体の中では、いくら親しくなっても私情をはさまないこと。それは当たり前のことではあって菜美もそれが出来る大人であるということだ。しかし、二人の関係は周りには知られている。もっと親しげにしてもいい筈だとも思う。
「あ、おはよう」
オレもさりげなく言う。
昼休みになって男の同僚に牛丼屋に食べに行くかという誘いを受けたが、菜美が昼食を誘いに来るかも知れないと、仕事の区切りが悪いので続けている芝居をした。菜美は来なかった。オレは肩すかしをくった思いだった。夕べの菜美の裸を思い出し、慌てて外に出た。湿気は少なくなったもののまだ日差しは強く、昼食の店を探すのは止めて、弁当を買うために近くのコンビニに入った。
店内に入って、オレの視線は菜美がいないかと探していた。やはり菜美が好きなのだろうと自覚はあったが、菜美の気持ちを解っているとはいえなかった。というより解らなくて戸惑っているのかもしれない。積極的に近付いてきたかと思うと他人のような顔もする。オレは弁当とお茶を買って会社に戻った。
考えられることは……とオレは弁当を食べながら(菜美はオレの気を惹くために他人のふりをしている?)と思ったが、もう深い関係になってそれはあるだろうか? という疑問符がついた。
昼食に出た同僚達が次々と帰ってくるのを眺めていた。意外にも菜美は一人だった。またオレの頭に疑問符がついた。照れている? 菜美はオレのほうをちらっと見て自分の席に戻っていった。皆がもう知っていると思う二人の仲、普通ならもっとべたべたと接近してくるのが普通だと思っていたオレだったが、付き合いは1ヶ月にも満たない。そう思うと頭の中がさっぱりとした気分になった。
退社時間になって、菜美からのメールを受信した。
― よかったら部屋の掃除をしてあげますよ。いつでもOKですので言ってね ―
たしかにそれは魅力的な提案に思えた。しかし菜美の目的は女の気配がオレの部屋にあるかどうかを知りたいのだろうと思えた。
― いやあ 恥ずかしいので いずれね ―
と書いて、どこかに行きましょうかと書こうと思ったが、食事をしてからまたオレが早く家に帰ろうとすると疑いを持つのだろうなあと思い、それだけにした。
少し待ってみたが、追って菜美からのメールが来る様子が無いので、真っ直ぐにアパートの帰ろうと思った。すぐに頭の中はリンダになっていた。リンダが歩く、リンダが洗面器で横たわる。次第に顔がほころんでくる。
駅に向かいながらオレの頭の中はリンダでいっぱいで、いつしか♪リンダリンダリンダぁと小さく口ずさんでいた。時折菜美のことを思い出しながらもリンダの姿を見たい気持ちのほうが強かった。
玄関の鍵を開けて入ろうとした時に、後ろから声がかかって、オレはビックリしてしまった。リンダのことばかり頭にあったせいか、まったく気配が感じられなかった。
「付いてきちゃった」
少し悪戯っぽい表情ながら、また絶対に中に入れてもらうのだという意思のようなものも見えた。駅の人混みの中で見失う確率は高い。もしかしたら、最近オレの知らないうちに後をつけてこのアパートは確認ずみだったのかもしれない……