復興した国
そう言いたかったが、こればかりは経験者しかわからない。まして「面倒なことはさっさと片付けるか始めからやらない」ということをモットーとしている兄さんにはきっと分からないに違いない。
兄さんは手に持っている本へ再び視線を戻した。真剣な表情をしている。ページを捲り、別の本と並列しながら何かを読み解いているようであった。
「それで、何調べてたの?」
面倒な事をしたがらない性格の兄さんが自ら図書館に行ってまで調べようとしていた何か。改めて考えてみると、すごく気になる。
しかし兄さんは僕の高まる好奇心とは裏腹にさらりと答えた。
「あの錆びた橋について」
「橋?確かに僕も不思議に思ったけど…」
「…お前はこの街を見てなんとも思わなかったのか?」
「?特に変わった所はなかったと思うけど」
「はぁ…。お前はまだ甘いな」
「なんだよ。勿体ぶってないで教えてよ」
「おかしいと思わないか?国の中にある建造物は全部石造りなんだぞ。鉄を使った建物はひとつもない」
その瞬間、頭の中から様々な映像がフラッシュバックされる。何気ない風景にも関わらず、異様なほどに鮮やかとした記憶として思い出された。
城門、管理事務所、ホテル、街中の建物、会場、広場、そして街を通る川にかかる橋―――全てが石で作られていた。それを認識した途端まるでスイッチが切り替わったかのように、僕は先ほどまでの自分とは違う感覚を体験していた。
今までごちゃごちゃとしていた断片が一箇所に集まって1つの疑問を形作る。
「鉄が使われているのは包丁や農耕具と銃器くらいだ。他は石か木を使っている。おかしいだろ?」
「確かにそうだね。国の中には立派な石橋があったし、あの橋だけ鉄製なのはおかしいよ。いつから気がついていたの?」
「確信を持ったのは事務所を出て大通りに来た時だな。もっとも、あれだけ鉄を加工できる技術のある国がこんな山奥にあるのか疑問だったけどな。あるとしてもかなり近代的な国家じゃないかと思ってだけどね。だから石造りの城壁が見えて、その内側にある街の建物が全部石造りだったのが決定的だったな。見たところ、この国には鉄を建物に使うほどの技術はない。正確に言えば、環境に向いていないから鉄を使う必要がなかったんじゃないか」
雨や湿気の多い土地で鉄を使った建物を作れば、数年の内にあの橋のようになるのだろう。閉鎖的な地形でほかの国との争いもなく鉄を使った武器も発達しなかったのだろうし、もともと鉄が採れるような土地でないのかもしれない。
しかしそうなると新たな疑問が浮かび上がった。
「けど、そしたらあの橋はなんなの?」
「それはもう調べてある」
積み重なった本の中から1つの本を取り出して、兄さんはそれを見ながら説明し始めた。
「今からちょうど24年前に大災害がこの国を襲ったのはもう知っていると思うが、この記録によるとあの橋ができたのはそれから1年後のことらしい」
「『らしい』ってどういうこと?」
「記録にもそう書いてあるんだ。生き残った人達で細々と苦しい日々を送りながら少しずつ国を復興させてる時に、南の国―――これは俺達が一週間前にいた国だな―――から赤い布で全身を覆った17人の旅人が来て、国の復興に力を貸してくれたそうだ。その過程で彼らは鉄橋を作ったんだと。どこから鉄をあんなに大量に仕入れたのかも、こんな山奥でどうやって加工したのかも未だに謎らしい。別の本にはその17人が不思議な力を持っていたとも書いてある。他にも洪水がまた起こらないように上流の山を利用したダムを作ったって話があったな。そして彼らは1年だけこの土地にいてある日を境に跡形もなく消えていってしまったらしい。別の本には彼らが山の向こう側にある国に行ったという話があるけど、結局この旅人達がどこから来たのかどこへ行ったのかの詳細は不明だって」
「そんなことがあったんだね」
「ああ。鉄橋もダムもわずか1年の間に作るなんて話、俄には信じられないがな。17人の旅人の話はこの国だと絵本になるほど有名らしく、この復興祭でも取り扱っている会場が多いらしい。でもあの鉄橋は雨で老朽化が激しく、雨季が終わったら取り壊しされるらしいぞ。修復することもできずに、国の中では取り壊すかどうか決めるときにいざこざが起こったみたいだ。川の上流と下流のところには代わりの橋ができていて、そっちを主に使っているんだと」
最後に、あの橋に関することはこれくらいだ―――と付け足して兄さんが調べた話は一通り終わった。
「それじゃ改めて、お互いに調べたことの報告でもするか」
先程のは兄さんが個人的に調べたことなので、それとは別に調べたことをこれからお互いに共有していく。
僕はプポピヌスという油の採れる植物のこと、それが復興のための資金になったこと、山の向こう――北側――の国では産業が盛んなこと、北側には砂漠があること、新しいコートを買ったこと、国の中に川が流れていること、氾濫した川が国の外にあること、城壁は復興の時に作られたこと、川の水量を調整するために国内にも川を作ったこと、上流で採ったプポピヌスで筏を作って、それに乗って川を下り、国の中に運んでいることを話した。
兄さんは、この辺一帯の土地は山が連なっているものの実のところ少しずつ高度が上がっていること、ここよりさらに上の場所に大きな湖があること、その湖は件の地震により別の場所から水が漏れ出して洪水を起こしたこと、錆びた橋がかかっている川は上流で大きく2つに分かれ最終的にどちらも湖につながっていたこと、だから片方を塞き止めて山同士の間にダムを作ったこと、この地域で地震はよく起こること、そのせいもあり温泉がよく湧くこと、そして僕の話のより詳細な内容を話した。
お互いに話すことを話し終えるともう12時を過ぎていた。今日の日程を終えたのか、窓の外から人々の活動している音より雨の音の方が大きい。「そろそろ寝るか」という兄さんの言葉を最後に、僕は部屋の明かりを消した。
その瞬間、視界は真っ暗になる。
手探りをしながら毛布を被り、一週間ぶりのベッドを堪能した。それまで洞窟や木の上、石の上など、寝心地の悪い場所で寝泊りをしていただけあって、ふかふかのベッドはとても心地よく感じる。自分がまるで空に浮いているかのようだった。
けれどもなぜか落ち着かなかった。疲労がたまっているのにも関わらず、目を閉じても一向に曖昧模糊の世界へ意識を飛ばすことができない。何も考えないようにしても眠気が滲み出ることなく、頭の中が不思議なほどに覚醒していた。まるで眠ってはダメだと誰かが僕の耳元で囁き続けているようだった。ぎゅっと目を瞑り、毛布を頭にも被せる。
どれくらい時間が経っただろうか。
毛布の中から顔を出す。じめじめとした空気が頬を撫でる。不快でたまらなかった。
ふと兄さんの寝ているベッドへ視線を移す。そこで兄さんは目を開けたままずっと天井のどこか一点を見つめていた。見えないものを見ようとしているかのように視線は鋭かった。
「何かがおかしい」
誰に向かって言ったわけでもない言葉はあっという間に空中へと消えてしまった。意識を別の所に向けていたら聞き逃してしまうほど、早く。