復興した国
会場では追悼式が開かれ、黙祷や式辞、被災した経験を持つ大人が子供たちに当時の事を話したりしていた。別の会場では聴衆の涙を誘うような話が語られたり、鎮魂歌が歌われたりと同じように追悼の意が述べられていた。その一方、一通りやることが終わった後にはご馳走やお酒が運ばれてきて、人々は談笑や食事を楽しんでいた。復興を喜ぶ声が辺りに響く。
国の中心にある広場には巨大な盃の形をした石の建造物が設置され、5メートル以上の高さまで火が登っている。人々はその火を中心にして入り混じっていた。この雨にも関わらず、こんなにも激しく燃え上がる炎が不思議でたまらなかった。思わず近くで火を眺めていた男の人に尋ねる。
「あの火は大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫さ。これくらいの雨で火は消えねぇ。…あんた旅人か?」
「そうです」と答えると、男はいかにも自慢げに話し始めた。
「あの聖火台に焼べられている木材はこの辺の土地にしかない特殊なやつでな。プポピヌスって言うんだが、他の樹木と違って油を生成するんだ、それも大量に!あまりにも多いんで、雨の中でも火つけりゃよく燃える。3日前ここから4つ上にある山に雷が落ちて、プポピヌスの森林が燃えちまったんだ。それも谷全体。まぁこの辺の山脈には多く分布してるし、俺達が採ってるのは別の山だったから被害は出てねーがな。それより、上はもっと雨が強いのに火は消えなかったんだぜ!それだけ油が多いんだ、驚くだろ?!昔からその油は食用だけでなく治療や日用品として使われてるんだ。商人なんかは珍しがって高く買ってくれるし、復興のための資金もあいつらを売って稼いだんだ。木はもっと高い所にはわんさか生えてるし、根元から切っても3年で元通りなるほど生命力は強い。ここから北に向かったところにある国は産業が盛んでな。燃料として高く買い取ってくれるからいい客だよ。油は店にも売ってるから買ってみるといい。食料、治療、化粧といろいろ使えるから旅人のウケもいいぜ!」
「なるほど。いろいろ活用できるなら便利ですね」
「ああ。ところで、あんたが着てるそれ、意味あるのか」
おそらく僕が羽織っているコートのことを言っているらしい。確かに穴があいていたり、どこからか雨水が染み込んだりしていてあまり役目を果たしていなかった。ホテルで乾かした服もじっとりと水を吸い込みつつある。着ている意味がないな、これじゃ…。
「あの橋を渡った向こうに旅人用の備品を売っている店がある」
男は人が混み合う広場のさらに奥にある橋を指差して言った。
「この国の防水技術は大陸一位!知る者こそ知る一級品よぉ!軽く、着心地もいい。防水だけでなく断熱もできる!これから北に向かうと砂漠は無視できねぇ。迷わず買っとくのを勧めておくぜ。後で後悔しても知らねぇからな」
さらに熱意の増す説明に「は、はい」と動揺してしまう。顔が近い。酔っ払っているわけではなさそうだけれど…。
ふと、橋の方を見つめる。大層、大きく広い石橋なのだが、正直のところ渡るのは暫く控えたいというのが本音である。橋の両側には火が灯されて渡って行き来する人々が照らされていた。結構な高さのある土手にも等間隔に光が灯って幻想的な風景を形作っていた。
「ところで、氾濫した川ってあそこですか?」
触れていいものか迷いもあったが、復興で賑わっている周りの様子を見た限り、大丈夫だろうと思って聞いてみた。すると「いいや、違う」と男から予想外の答えが返ってきた。
「氾濫したのは国の外にある川だ」
「あの錆びた橋の掛かっている川ですか?」
「おお!そうだとも。この国がある平地はな、皿のように中心が窪んでいて、ある程度川の水量が増すと溢れちまうんだ。ここよりもっと上のところに湖があるんだが、地震で亀裂か入っちまって一気に水位が上がったことが原因らしい」
「あれ?でも国の周りにはあの城門があるよね。川ってそんなに氾濫したの?」
「いいや、違うぞ。あの城門は洪水後にできたんだ。俺達の復興の象徴だよ。絶対水が入って来ねぇほどピッチリ石敷き詰めてるから、たとえ今一度洪水が起きようが国に水が入るこったねぇぜ」
「でもそしたら、あの川大丈夫なの?見たところ土手しかないし」
男が先程指差した川について訪ねてみた。
「あの川はもともと外にある川の水量を減らすために作られたんだ。地震による地盤沈下で深い溝ができ、それを完全に埋めるのは大きな負担がかかるってことで、それじゃこの溝を利用して川を作り他の川の水量を減らせば洪水防止になるんじゃね?って話が挙がったわけよ。まぁ川というより用水路のような役割だな。さっき言ったプポピヌスの木を運ぶのにも使っているし」
「木を運ぶのに川を使っているの?」
「おうよ。ここより上の山で木を刈った後ロープで縛って筏を作り、川を降って国まで運ぶんだ。その方が効率よく、大量の資材を運送できるからな。そのためにわざわざ別の川を繋げたんだぜ。あの工事は大変だったな。雨季が来る前に完成させないといけなかったから1日20時間も働いたぜ。乾季まるまる3ヶ月かかってギリギリ間に合ったな。記念日ができたくらいだ。ちょうど8日前だったんだがな」
「それじゃ雨季って始まったのは最近なの?」
「そういうことだな」
それを聞いてがっかりした。あとほんの数日だけ早く向かっていたら、この雨のなか山を登り降りせずに済んだのだ。今更どうしようもないのはわかっているが落胆した。
「おっと、もうこんな時間だ。旅の話を聞きたかったが俺はこれから用事があるんでまたな!」
それだけ言って男は人混みの中に消えていった。
こちらもまだ聞きたいことがあったのだが、買う物を揃えてからまた別の人にでも尋ねてみよう。あまり気は進まなかったが橋を渡って教えてくれた店に向かうことにした。
「ひょっとして、あの錆びた橋は洪水にも耐えたから記念や象徴として残っているのかな」
そんなことを考えながら、濁流をあまり見ないようにして橋を渡った。
広場や会場もそうだったが、こっちは一段と食欲を誘う食べ物の匂いが強い。お腹が唸る。口の中から唾液が湧き上がってくるのが認識できた。もう一週間、美味しいとは言えない携帯食料しか固形物を口に入れていないので、香料のかかった肉の匂いはさらに追い討ちをかける。
お腹が空いていては仕事に集中できないよね。
ひとまず空腹を満たしてから備品店にいくことにした。ついでに兄さんの分の食事も買っておかなくちゃね。
*
「ただいま」
「おかえり。…その格好どうしたんだ?」
僕は両手から溢れそうなほどの荷物を抱きかかえ、頭には「僕らの国は復興しました!」と書かれた煌びやかな三角帽子に、異様なほど派手な服装を着ているのだからそう言われても仕方がないだろう。
「この国の話を聞こうとして買い出しの後に近くの会場に潜り込んだんだ。そしたらなぜか歓迎されちゃって引っ張り凧だよ。旅人が珍しかったみたい」
「よかったじゃないか。人気者で」
「こっちはへとへとだよぉ」
「いいじゃないか。旅人だからって襲ってくる国よりはずっとマシさ」
確かに兄さんの言うとおりだけど…。大勢の人と一度に接するのって結構緊張するし、蓄積された疲労を考えればなおさら大変なんだよ。