復興した国
「おっと、これは失礼。祭典というのは今日から7日間開かれる、大災害復興記念祭典のことです。今からちょうど24年前に、巨大な地震とそれに伴う大洪水で多くの人が亡くなりました。地震で家屋は倒壊。そして川の氾濫による大洪水で、ほぼ全ての国土が水に浸かりました。7日間水が引かず、引いたあとには疫病が流行り、国は崩壊しました。しかし我々は故郷であるこの場所を離れませんでした。残った者たちで辛く、厳しい生活をひたすら耐える毎日でしたが、5年の月日が流れ、とうとう国を復興するまでに至ったのです。老若男女様々な人達が助け合って今のこの国があります。我々はあの大災害を乗り越えました。その記念として、復興の証として、そしてあの日のことを忘れないために祭典を開いているのです」
「なるほど」
兄さんの後に僕も頷いた。男は笑顔で言う。
「復興記念祭典といっても、結局はお祭りですから楽しんでいってください。祭典の期間中はホテルも店も格安で提供していますし、各会場で振る舞われるご馳走は無料です。温泉もあるので、凍えた体を温めてから参加してみては?」
温泉と聞いて僕らは同時に立ち上がった。
*
城門のところにある入国管理事務所を出ると、目の前には石造りの街並みが広がっており、多くの人々が入り乱れていた。通りを覆いかぶさるように、布のようなものが建物伝いに敷かれており、下を行き交う人達に雨がかからないようになっていた。そのおかげか、色とりどりの衣装を纏った人が多く見受けられる。雨であろうと祭りには関係ないようだ。
「なるほど。雨が多いだけあって防水技術はかなり進歩しているな。そんであの布を伝わった雨が、建物の側面についてある水路に流れていくわけか」
「着てるものも、雨具というよりそれそのものが普段着になってるね」
僕らが衣服の上にレインコートを来ているのとは違い、彼らは衣服そのものに防水性とフードがある作りになっている。靴も脛まで丈があるもので、革ではなくゴムのような防水かつ柔軟な素材を使っているようだ。そういえば門番の人が着ていたのも、薄い鎧ではなく制服に近いものだったのだろう。
着ている物が違うこともあり、僕らは目立っていた。それは別にここだけの話じゃなくよくあることなので、特に気にすることはなかった。けれどもこの国は特殊な環境だけあって出入りが難しいこともあり、彼らには旅人である僕らが珍しく写っているのだろうか。祭典でおそらく普段よりも人通りが多いせいもあって、こちらに興味と好奇心を含んだ視線を送る人が結構多い。中には気軽に話しかけてきたり、道やおすすめの店など紹介してくれる人やよかったら祭典に出席してくれないかと誘ってくれる人もいた。友好的に受け入れてくれたようだった。
ひとまず僕らは管理事務所の人に紹介してもらったホテルへと向かった。コートを着ていてもずぶ濡れになったので、早く温泉に入って温まりたかった。雨という天然シャワーは嫌というほどあったのだが、衛生的にはよくても体温が奪われるのは身にしみた。ゆっくりと熱い湯に浸かって、疲労を体中から濾し出したいという欲求は食欲にも勝る。
ホテルにチェックインしたあと、モーターサイクルを係員に預かってもらい、部屋に荷物を置いていって浴場へと向かった。普段なら一人が風呂に入っている間、もう片方が部屋で荷物番をするのだが、今回は珍しく双方同意満場一致だったため、こうして二人で温泉に浸かった。
温泉を出たあと、脱衣所にある機械で服の洗濯と乾燥をした。その機械がわずか一分足らずで洗濯と乾燥をこなしたのには兄さんも僕も驚きを隠せなかった。早いし、なによりもふかふかの状態で仕上がっていたのである。
「こ、これはすごいな…!」
「防水技術だけじゃなく、洗濯や乾燥の技術も高いんだね」
「ああ。それでもってお金を取らないのがすごい」
高速洗濯自動乾燥機の使用は無料だった。
とりあえず自分達の服を部屋から取りにいって、再び機械を起動させる。従業員に頼んでもよかったのだが、この感動をもう一度味わいたかったこともあり、二人で騒ぎながら服を乾かす。幸い、他に客がいなかったので迷惑にはなってない…と思う。
部屋に戻るとき、従業員の人に声をかけられ、
「私達はこれから祭典に出席するので、お失礼ながら、何か要件がございましたら今のうちにお申し付けください」
「うーん…。ご飯は?」
「夕食の準備は致しておりません。当ホテルのシェフは今、祭典で振る舞われる料理作りの為、各会場で務められています。祭典で出るご馳走は自由に食べられますよ」
「わかりました。では図書館はどこにありますか?」
兄さんは場所を訪ねた。
僕らは訪れた国で情報を集める。その国の歴史や特色など単純に興味を抱く事柄から、万が一戦闘があった時のための地理把握や逃げる時のルート詮索、次に向かう国の情勢や現状など幅広く収集する。国民に聞いたり、自分達と同じ旅人や商人達がいれば情報交換をしたり、図書館や資料庫を詮索したりと様々な方法で調べる。
主に、図書館で調べる役と人伝で調べる役に分かれて詮索を行っているのだが…。
「レオ、俺はこれから図書館に行く。お前は外で聞き込みをしてくれ」
いつもじゃんけんで決めているのに今回はそうしなかった。
人伝で調べる役は同時に携帯食料や備品の購入も務めである。けれどもその代わり自由に行動していいことになっている。一方、図書館で調べる役はずっとそこで情報を探っていなければならず、僕らの間ではハズレくじの扱いなのだが…。今回、兄さんはそれを率先してやろうとしている。こんなことは今までなかったので僕は疑問に思い、聞いてみた。
「ちょっと気になったことがあってな。せっかくの祭典だし、お前は楽しんでこい」
もちろんやることはちゃんとやれよ―――と後付して兄さんは部屋を出て行った。
僕は荷物を確認して、必要な物をメモした後に部屋を出てドアを施錠した。
ホテルを出て、空を見上げる。
星一つない空。何もかも黒く塗りつぶす濃い雲が、僕と星ぼしを隔てている。月の光も届かない。そこにあるはずのものは見えなかった。雨は衰えることを知らない。僕の顔に激しく突き刺さる。冷たく。痛く。
街は明るかった。色とりどりのライトアップは今が夜であることを忘れさせるように眩しく輝く。本来あるはずのないものが僕を照らしている。街中には「復興記念-我々は新たな一歩を踏み出した」「あの災害を僕達は忘れない」「私達の絆が復興をもたらした」…と多くの垂れ幕が掲げられていた。賑わう人々。笑い合い、今を楽しんでいる。
光が雨に、水溜りに乱反射してイルミネーションを作り出している。僕にはその景色が幻想であるかのように思えた。今こうしているうちに隣国では人々が互いを憎しみ合って戦争を繰り広げられているし、それに夜空はこんなにも暗く閉ざされて、冷たく突き刺すような雨が降り続いているからだ。目の前にある煌びやかな街やカラフルな服装の人達を見ていると、この空間が中身のぎっちり詰まったおもちゃ箱のように思える。
改めて、この土地が周りから隔絶した場所にあるのだと感じた。