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「妄想」出張版
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復興した国

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もう何十年も前に起きた災害で滅んだという話や幽霊が山を徘徊するという話、他にも一昔前にその国へ向かった商団が帰って来なかったという話、怪物を目撃して帰ってきた商人がいた話、疫病で蔓延して人々が散った話や魔物が住んでいる話…など、信憑性が薄い情報しか聞き出せなかったし、本などの資料も同じようなことしか書かれていなかったのだ。まぁその国は「人が皆大袈裟なことばっかり言う」と、商人や旅人の間で噂になっていた国だし、だから僕らも彼らの話を参考程度にしか聞かなかった。
……その結果こうして夥しい量の雨に苦しめられているわけだけど。今思うと、秘境の話よりも雨に関する話の方がさらに大げさだった気がするし…。あの時気づいていたらこんな目に合わずにすんだのだろうかと考えてしまう。

ふと僕はまた空を見上げた。
曇天。激しい音を立てながら揺れる木々。そして刺すように降り注ぐ雨。非情なほど、僕らを嘲笑うかのように自然がこちらを見ていた。

「どうした…?レオ?」
ぼんやりと立ち止まっていた僕に向かって兄さんは声をかける。我に返った後「な、なんでもないよ」と誤魔化した。僕らの間にそれ以上言葉は必要なかった。そんな余裕はもうない。気を緩めれば何かに引きこまれ、歩くのをやめたらもう足を動かせなくなってしまうのではないかと思うくらい、心身共に困憊していた。そうでなくとも今はいつ飛び出してくるやもしれない敵に注意を払っているので、無駄なことをする余力はない。ただ歩き続け、前に進むしかなかった。
けれど、こうならずに済んだのではないかと思ってしまう。
もちろん、こんなあるのかないのか分からない、秘境と呼ばれる国を目指したのには理由があって、それは近くの国同士が昼夜問わずに繰り広げている激しい戦禍を避けるためだった。実際、あの「大袈裟な国」には戦争から逃れてきた人達が多数流れ混んでいたし、商人達は隣国が戦争状態のため立ち往生しており、一段落するまで滞在すると言っていた。彼らと同じように決着がついてから移動することもできたが、一国三日滞在という決めたルールを遵守することに僕も兄さんも異論はなく、戦争している国を避ける形で秘境へと赴くことになった。
でも僕らは本当に戦禍を恐れていたのだろうか。何か別のモノを恐れるべきだったんじゃないだろうか。そしてそれに引き寄せられているのではないだろうか。
何か大事なことを忘れているのではないだろうか。
僕らは旅を始めて2年近く経つし、その間幾重にも危ない橋を渡ってきたというのに、どうして今、食料も気力も身体もすり切れかけながら、大粒の爆雨に全身を突かれ、足元を濁流に掬われそうになり、悴んだ手で重くなった荷物を引き、これ以上ないほど蓄積された疲労と追い打ちをかけるようにずぶ濡れの服が体温を奪っていく―――そんな状況にいるのだろうか。





山を無事下りると、木々のない空間が広がっていた。山脈の中の平地である。
雨水が溜まっていて確認できないが、おそらく田畑であろうか。水が張っていることもあり、網目のような脇道がくっきりと浮き出て、延々と続いている。これが自然の力によるものとは言い難い。明らかに人の手によるものだ。辺りが暗くなってきたので遠くまでは見えないものの、ほぼ等間隔で同じものが並んでいる。そしてその遥か彼方――平地の地平線に近い所――から光が滲み出るように輝いていた。
「あとちょっとだな」
「そうだね。…モーターサイクルは乗らない方がいい?」
「ここは平地だから音が響く。このまま歩こう」
山賊に対する警戒は怠らなかった。それにさっきまでより険しい所を歩いてきたのだから、平地はむしろ優しいくらいだ。舗装されている道もある。
水に浸かり、泥に身動きを流れに足をとられたりと、そんな悪路の中を移動してきたので、石造りの道を足の底で踏み込む感覚を堪能する。山を下り、樹木の海を抜け出してから、まるで別の世界へ来たようだった。雨はいっこうに激しく、痛いままなのに。

しばらく歩くと橋が見えてきた。
ずいぶん立派な鉄橋だった。こんなものがこんな所にあると思ってなかった僕らは驚きを露わにする。いろいろな人々が行き交い、広大かつ芸術的な建造物が立ち並び、商業が栄えているような国にこの橋があるなら何も驚くことはないのだが、こんな山奥の辺鄙な場所にあるとは想像もしなかった。はっきりと言ってしまえば、その橋はこの場所に不釣り合いなもので、異質な存在だった。
「錆が酷いな。この環境じゃ無理もないか…」
「ずいぶん、昔に作られたみたいに見えるね」
「実際、そうなんじゃないか。いくらこんな気候だからって数年でこんなにはならない」
橋は近くで見ると全体が錆に浸食されて茶色に変わり、鉄筋には虫が食い散らかしたような穴が幾つも空いている。土台のところには表面を伝っていくうちに錆を含んだ雨水が溜まって、石造りの地面を赤錆色にしていた。
橋の下には、この雨に劣らないほどの轟音を立てながら濁流が流れ込んでいる。その勢いは橋脚のところに引っかかる流木を押し流し、橋脚そのものを削り取っているかのようだった。
「…他に渡れそうな場所はないな。いくぞ、レオ」
「風がないだけありがたいけどね…。底が抜けないか心配だよ」
鉄橋もこうなってしまえば古い木橋と変わりない。足場は小さな穴だらけ。穴がなくとも開きそうなくらい薄い個所がある。下を見た限り、落ちてしまえばもう帰ってくることはできないだろう。けどだからと言って、この天気の中この広々とした地形で野宿するのは、洪水に見舞われる危険性や野獣や賊に襲われた時に隠れる場所がないというリスクを生じる。山へと引きかえす体力も気力もないし、食料も切れかけているこの状況でそんな呑気なことをしている余裕もなかった。不安や危険要素があったとしても今更進路を変えることも、進行を止めることもできなかったし、そうしようとも思わなかった。そうせざるをえなかったのである。
モーターサイクルを手で押しながら僕らは橋を渡った。いや、危険な道を進んだと言っていいかもしれない。
作品名:復興した国 作家名:「妄想」出張版