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「妄想」出張版
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復興した国

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登り降りを繰り返して8つ目の山が下りに差し掛かってきた時、ようやく平地とそこに明かりが灯り始めている街を発見した。曇天の空で辺りを見渡しても、今が果たして本来日が出ている時間なのか夕方なのかよくわからなかったが、懐中時計の示している時刻で日没前であることを確認した。今から山を下れば、完全に視界が悪くなるまでにはなんとか着きそうだ。
「ようやく見えたな」
「うん。後はこの山を下るだけだね。今日は久しぶりにベッドで寝むれそうだよ」
「無事たどり着いたらの話だけどな」
「なんでいつもそう、消極的かなー」
でも兄さんの言うことは無視できない。国の近くが一番危険なのである。国同士が接しているのならまだしも、その間が海や山や砂漠などで隔たりがあったり、あるいはそういった地形的環境的要因でないにしろ、ただ単純に隣の国との間に距離があるというのは、それだけ無法地帯が広いことを示しているのだ。
もちろん全ての国に法と呼べるものがあるとは限らないし、あったとしてもそれが合理的なものなのか、あるいはそれがきちんと機能しているのか、機能していてプラスに働いているのかマイナスに働いているのかなど、いささか疑問が浮かび上がる国も多い。国と国の間にある、どの国にも所属せずどの国からも干渉を受けない土地を無法地帯と言っても、実際のところ法がない国やあっても機能しない国、機能しているせいで国民が苦しんでいる国など、法律が無い、無意味、無能という意味で無法地帯な国は少なくないのだ。そういう国に関してはたとえ領土内であっても危険なことには変わりないものの、旅人である余所者の僕らがその政治を批判したり、人たちを啓蒙したり、国を正しく導こうとしたり、国のルールにいちゃもんを付けることをしなければ、大きなトラブルや争い事に巻き込まれることは少ない。無論、立ち寄らないことが一番いいのだが、地形的な問題や効率的な問題など、リスクを踏まえた上でどうしても入国しなければならないことがあったわけであって、僕らはそんな旅の中どうにか今日まで生きてきた。
とりあえずこれまでの経験をもとに帰納的考察をすると、国内での事件や荒事はどうにでも対処できるという結論に至る。一応そういう国では基本的に隠密に過ごし、無干渉を貫こうとするものの、トラブルというものは時として、僕らの意思に反して向こうからやってくるため、拒否するわけにも行かず、はたまたそう簡単に死ぬわけにもいかないので、こちらも全力で抵抗したし、ある意味荒事にも深く加担したこともある。まぁその過程で国民や時として権力者の協力や支援、報酬やお礼があったのは説明するまでもなく、そういうものがあったからこそ僕らはなんとか生きて出国できたのだ。
けど、それに対して国の外ではなにかしらのトラブル―――例えば盗賊に襲われたり、深刻な食料不足だったり、不慮の事故による負傷など―――が起きた場合、助けはおろか状況によっては物資の不足、挙句の果てには誰にも発見されぬまま、骨が地面に埋もれていくことになりかねない。旅人が死や危険に晒されるのは、どこの国のものでもなく、どの国の政治や主権の及ぶことのない、国同士の間なのである。国の中で殺される旅人の総数より、国の外で発見される旅人の死体数の方が多いという話はよく耳にする。もちろんその死体は発見されるまでの時間の経過上大半が白骨化しているだろうし、そうなると国の中で殺されて外へ出された遺体かもしれないし、何十年と前にそこで果てた者かもしれない。事実かどうかを確かめる術も気力もないが、この死体の数には行方不明者が含まれていないことを考えると、あながち間違ってもいないような気がする。もちろん単に行方不明者と言っても、どこか適当に過ごしやすい国を見つけて住み着いてしまう人や何十年も後に突然故郷に帰ってくる人なども含まれているので、結局のところこの話を裏付ける根拠は少々薄い。でもある程度知識がある人なら、国の中よりも外の方が危ないなんてことは大体察せるのではないだろうか。城壁の外は法ではなく自然が支配し、強い者が生き残る世界が広がっているのだ。
特に、今回のような険しい土地では人が生活できる場所が限られており、ますます人の住む世界と自然の世界に濃い境界線が引かれていることだろう。そしてそのような国ほど、その国の近くで盗賊や追い剥ぎに襲われる可能性が高い。
本来、そういった者達は国と国との間で、遠すぎず近すぎない場所に本拠地を構えており、通りかかる旅人や商人を襲って金目のモノを奪い、それを国に行き売り払ってしまう…というのが基本である。その遠すぎず近すぎない距離を保っているのは理由があって、それは国に近すぎるとその国の警察などの治安維持組織により排除される可能性があるからであり、また襲った人がその国に逃げ込んでしまえば手が出せなくなるからという、彼らにとって致命的な事情があるからだ。
ところが、厳しい環境の土地ではその距離を保つ余裕がそもそもない。広大な海原や灼熱の砂漠、極寒の豪雪地帯など、国同士の間を大自然が壁を作っている土地では、彼らは国にできるだけ近い所でなければまともに生活することができず、また命の危険というリスクが高くなる。常に自身の利を追求する彼らが危険を冒してまで国との距離をとるなら、逆にその理由が知りたいくらいだ。
さらに、国に近いため排除や逃走というリスクを強いられているものの、物資の輸送・強盗には都合がよく、また旅人から奪った物を国の中ですぐに売りさばくことができるという便利かつ合理的な利点もある。そのため彼らは国の治安維持組織と戦うためにより強力に、また獲物を確実に仕留めるためにより凶悪になる傾向が高いと言われている。その国に入国しようとする旅人を襲撃し、皆殺しにする。大多数の賊が獲物を殺さずに商品にしたり、奴隷にしたり、性欲の捌け口にしたり、また極少数ながら金目の物を奪っただけで解放するのに対し、獲物の逃亡という高いリスクを持つ彼らは容赦なく全てを奪っていく。
無論、そんな賊たちを国が野放しにしておくはずがない。来る人出る人が殺される、なんて話が出回れば他国から拒絶され、商人や旅人達からも避けられることになりかねないからだ。人や物資が流れ込まなければ衰退し、やがて崩壊するだろう。そうなる前に指導者や国民が何かしらアクションを起こすのだが、うまく効果が効かずに土台から瓦解してしまった国もあるし、私利私欲が蔓延し今まさにヒビが走った塔の如く自身の重さによって崩れ落ちようとしている所や、国とその周りをわずかながら囲む枠の中で戦争が起きている所もあった。僕らが今から向かっている国、そしてこれから訪れるであろう国がそういう状況でないと言える根拠はどこにもない。特に今回目指している所は7日前に滞在していた国で秘境と呼ばれていたし、情報も少なかった。
作品名:復興した国 作家名:「妄想」出張版