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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第七章】

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 ところが、ペニーさんは二〇五〇階で張ったテントの中で、夜を越せずに凍死してしまったのです。原因は酸素不足で代謝が落ちたせいだと、昨夜までペニーさんだった魂は言っています。
 アルパイさんは「置き去りにしてすまない」といって泣きながら親友を弔うと、冷えきった階段をさらに上っていきました。
 二二〇〇階。男の視界が混濁してきました。酸欠のせいで意識が保てないのです。
 アルパイさんは力なく地団駄を踏むと、吹き抜けから上空を見上げました。
「なんだ、天井じゃないか。天井、だよな? でも、なんて遠いんだ……」
 アルパイさんの記憶はそこでふっつり途切れました。
 再び我に返ったときは、脚をひきずりながら地下通路を歩いていました。きっと、本能の力だけで帰ってきたのでしょう。

 私が瞑想から覚めると、アルパイさんも目を覚ましました。
「すまなかった。君が、正しかった」
 私は首を横にふりました。
「正しかったのは、あなた方かもしれません。私は人間の力をみくびっていました」
「だが、現代人の体格や装備じゃ到底無理だよ。頂上まではあとちょっとのはずだが、俺にはそれが永遠に感じた」
「そうですね。でも、うんと時が経てば、どうなるかわかりませんよ?」
「悔しいなぁ。その栄光を目の当たりにできる世代じゃないなんてさ」
「見られますよ。肉体を通してじゃなければ」
 アルパイさんは笑いました。
「二週間前だったら、完全に君をバカにしてたろう。不思議な体験だった。君はいったい何者なんだい?」
「私ですか? 私は、その、ええと……」
 急に自分のことが思い出せなくなり、私は焦りました。
「ゆ、癒師。そう、癒師でした」
「大丈夫かい?」
「ちょっと疲れただけです」
 本当はどこも疲れていないはずなのに、頭の中だけがなんだかモヤモヤしていました。


 第五十五話 剣の山と天空の路

 新暦二〇五年 春

 パスク地方の雪解けが進み、風車リフトの運転が再開した、というニュースが入りました。
 私はヒソップ父娘とリンデ君に別れを告げ、コーカスを後にしました。
 体調が回復したアルパイさんは、大学に戻りたいというので、ヤーバまでご一緒することになりました。
 牛車で五日かけてヨモまで行き、短い弾丸列車でヤーバへ。乗り換え時間が少ししかなく、アルパイさんとは駅のホームで別れました。
 ヤーバからは例の長大な弾丸列車で、国境のシスル川を越え、一気に南ウォールズのボリジまで戻ってきました。

 弾丸列車を下り、パスク方面のホームで待っていると、入線してきたのは、普通の蒸気機関車が牽引する普通の客車列車でした。
 駅員によると、ボリジからパスク山脈の玄関カイエンまで行く弾丸鉄道の支線は、勾配とカーブがきつく、爆発発車による惰性走行では運行困難なため、東岸鉄道から車両を借りている、とのことでした。
 ボリジを発車した列車は、大量の煙をまき散らし、あえぐようにして森の中を上っていきました。
 これといった眺望もなく座席で退屈していると、列車はまわりに人家もなにもない、カーパという小さな駅で長時間停車となりました。
 何事かと思って草だらけの野ざらしホームに出てみると、後ろから別の機関車がやってきて客車と連結し、煙の束が前後に二つとなりました。
 カーパを出た列車はしばらく行くと、行き止まりの信号場で停車し、進行方向が反対になりました。少し行くと別の信号場で止まり、また逆の方へ走りだしました。それを七回繰り返すと、ようやく坂が緩くなり、山麓の集落がちらほらと見えはじめました。
 高原の牧草地帯を少し走ると、終点のカイエン駅です。
 列車を下りてすぐ、私の目に飛び込んできたのは、剣のように尖った山々でした。人が住めそうな土地にはとても見えません。
 パスクの小さな国は、いったいどこにあるのでしょう。
 目を凝らすと、山麓から尖った山の頂に向けて、太いロープが張ってあるのが見えました。頂上では大きな風車がまわっていて、その動力で、人を乗せた座席を高地へ引き上げていくようです。
「ま、まさかあの山の頂が、パスク地方?」
 驚いてばかりいてもはじまりません。私は駅を出てすぐのところにある、風車リフトの山麓駅へ向かいました。

 山麓駅の丸太小屋に入ると、従業員らしき若い男が二人控えていました。一人は乗客を座席に乗せる係で、もう一人は大きながま口を首にかけた、受付係です。
 座席係は色白でほっそり。受付係は顔が雪焼けしていて胸板の厚そうな人です。
 受付の男は私を見ると、旧友に再会でもしたかのような顔をして、両手を広げました。
「も、もしかして、あなたは大陸をまわっているという旅の癒師?」
「はい、そうですが」
「僕はマーロウといいます。実は母が重い病に伏せっていまして、一度ヤーバの医者に見せたんですが、さじを投げられましてね。それで、もしよければ、上の実家まできて診てもらえると、ありがたいんですが……」
「か、構いませんけど……」
 忌避されることに慣れていた私は、積極的な人だとかえって気持ちが少し引けました。
「本当ですか? よかった! 実家の場所が場所なので、僕もご一緒します」
 マーロウさんは、事情を知る同僚の許しを得ると、チケットとお金が入った大がま口をその男に預けました。
 私とマーロウさんをそれぞれ乗せた一人乗りリフトは、冬枯れから緑を取り戻しつつある山肌の上空を、なめるようにして上っていきました。

 山頂の『〇番地駅』でリフトを降り、短いスロープを歩いて下ると、校庭くらいの広さの土地がありました。土地の中央部は主に畑で、避難小屋のような粗い石造りの平屋が、崖のそばを縁取るようにして立っています。
 ところで、自分の体について不思議なことが一つありました。ここパスク地方は二都山道のアイブライト峠よりも高い場所のはずですが、高山病の兆候が出ていないのです。旅をしている間に、見えない壁を一つ越えたのかもしれません。
 マーロウさんの後について石の集落をしばらく行くと、小さな鉄塔があり、そこから一本のロープが虚空に向かってのびているのが見えました。
 崖のそばまで行って辺りを見渡すと、ロープの行き先は、別の尖った山の中腹でした。
「これに乗ってください」
 マーロウさんは、先ほどのリフトをうんと簡単にしたようなものを指しました。
 滑車を頂いた懸垂棒に、足場となる鉄板を付けただけ、という謎の乗り物。
「あ、あの……」
「大丈夫。棒につかまっていれば落ちませんから」
 崖の対岸は霞むほど遠く、下界の谷底に至っては、高度差がありすぎて目標となるものがなく、距離感が狂ったまま『恐い』という本能しか湧いてきません。
「今までいろんなことをやらされましたけど、これはさすがに無理です。人間である前に、動物として、危険すぎると体が言ってます」
 雪焼けした男は頭をかきました。
「困ったな。実家のある山へ行く交通手段は、この『スライダー』しかないんですよ。二人乗りもできないし……。とにかく、僕が先にお手本を見せますから、よく観察して後からきてください」
「ち、ちょっと、マーロウさん?」