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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第七章】

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 リンデ君が見守る中、私とヒソップ父娘は滝壺に飛びこみ、水道管めがけて潜っていきました。滝壺の底につくと、水の流れに身を任せるだけで、穴に吸いこまれていきました。
 水道管を抜け、小さな段差を落ちると、地下川に出ました。水面よりやや高い所に歩道が見えます。
 梯子らしきものはなく、腕力のない女二人は水から上がれません。
 まずヒソップ博士が自力で水から上がって歩道に立ち、私とパイさんを引き上げました。三人ともずぶぬれです。
 リンデ君が言った通り、歩道の横の壁は黄緑色で、ほのかに光っていました。
「不思議な性質の石だなぁ」
 ヒソップ博士は、光る石のブロックをぺたぺた触っています。
「この光の感じ……」私は石を触ってみて、ふと思い出しました。「そんな、まさか……」
「どうかしたの?」
 パイさんはゴム袋の中からメモ帳を取りだし、さっそく記録をつけようとしています。
「これ、月蛍石です。故郷の大エルダー島にあるのと同じ」
「でも、プラムのピアスは光ってないじゃない」
 私は左耳のピアスに触れました。
「小さいものは月の光の力を借りないと輝きません。でも、結晶が大きくなると自ら光を放つんです。大エルダー島の山の中に、月蛍洞という洞窟があって、そこも同じように壁が光っています。ただ……」
 私はすべすべする石壁を指でなぞりました。
「ただ?」
「ここの石は人の手によって加工されています」
 私の動揺は筆舌しがたいものがありました。月蛍石はエルダー諸島にしかないと、古代の頃から言われてきたからです。
「月蛍洞って大きいの?」
「洞窟は広いですけど、こんなに純度の高い結晶を壁いっぱいにするほど石はありません」
 パイさんは腕組みしました。
「この通路を造るために、古代人がエルダーの石を堀り尽くしたか、そうでなければ……」
「論より証拠だ。先へ行くぞ」
 ヒソップ博士は一人ですたすた行ってしまいました。
 私とパイさんは仮説の話をやめ、博士の後についていきました。

 地下通路をしばらく行くと分岐点が近づいてきました。地下川は右に、歩道は左に、それぞれつづいています。
 地下川は、博士のコンパスを見る限りは、ペンステモン塔の噴水池に向かっていると思われました。
 私たち三人は戸惑うことなく、黄緑色に光る歩道をたどっていきました。
 地下通路の空気は常夏の地上とちがって、ひんやりしていて、かすかに向かってくる風も乾いていました。
「砂漠並みの湿度しかないな」
 ヒソップ博士はそう言うと、水筒の水を口にしました。
「そういえば、服がもう乾いてますね」
 私は言いました。
「コーカスの壁は、南方から迫る死の灰からアルニカ半島一帯を守っているという説もあるわ。もしこの秘密通路が、向こうの世界と直接つながっていたら……」
 パイさんの一言に、父親の肩がびくっとしました。
「おいおい、脅かすなよ」
「冗談よ。もし死の灰説が正しいなら、この街はとっくに滅びてる。市民はここの空気が溶けた水路の水を飲んでるから。仮に説が正しかったとしても、何千何万年もたって分解したってことよ」
「……」
 私とヒソップ博士は、顔を見合わせました。若干十歳の小さな学者の行く末が、楽しみでもあり、恐ろしくもありました。

 これといった罠も仕掛けもない単調な一本道は、どんどん南へ向かっていました。
 コンパスと歩測で地図を書いていたヒソップ博士は言いました。
「このままだと、コーカスの壁の真下に出るな」
 それから数分歩くと、地下道は終わっていました。上へ行く階段が見えます。
「やっぱり!」「そうか!」
 ヒソップ父娘は推測が正しかったことに、歓喜していました。
 私は疑問だったことを口にしました。
「でも、例の小窓がある所まで上るとなると、相当な体力が必要なのでは?」
「やっぱり……」「そうなのか……」
 父娘は揃ってうなだれました。
 ヒソップ博士は気を取り直して言いました。
「せめて一番下の小窓までは行かないと、死んでも死にきれん」
「疲れたら、癒してくれる?」
 パイさんは私に言いました。
「痛めた筋肉は少し癒せますが、体力が回復するわけではありませんよ?」
「充分充分。さあ行こう」
 
 十段上って踊り場、また十段上って踊り場……それを四回くり返すと、元の場所の真上にやってくるという、角張った螺旋階段。
 壁面で光っていた月蛍石はもうなく、互いの顔がやっと見えるほどの暗がりでした。はるか上空の、例の小窓と思われる場所から差しこむ日の光は、絶望の中によぎったかすかな希望を思わせました。
 私たち三人は、暗闇の恐怖を紛らわすためにしゃべりつづけていたのですが、やがて疲労のせいで口数が減っていきました。
 地下から数えて六十階分上ったところで、まずパイさんが根を上げました。
 私は彼女の脚の筋肉を癒そうとしました。
 ところがパイさんは、ヒソップ博士についていくようにと言って、施術を受けてくれません。最小限の荷物しかないのだから、とにかく時間が勝負なのだと。
 パイさんは踊り場に座って休み、吹き抜けから私と博士の様子を見守ることになりました。

 九十五階。今度はヒソップ博士のふくらはぎが痙攣を起こしました。小窓の光はまだずっと上です。
 博士は苦笑いして、踊り場に片膝をつきました。
「歳は取りたくないものだな」
 私は癒しの波動を博士の筋肉に送りました。彼は相当無理をしていたようで、脚のダメージはひどいものでした。
 私は正直に言いました。
「無事に帰っていただくには、ここで引き返すしかありません」
「そうか……無念だ」
 博士はうなだれました。
 少しして、彼は顔を上げました。
「それにしても、君は華奢なわりには頑丈な脚をしているんだな」
「貧乏性のおかげで、よく歩いたせいでしょう」
 私は二都山道や水晶古道の半分を、徒歩で渡ったことを伝えました。
「歩いたって!? 馬車も走らないようなあの難路をか?」
 博士は笑いました。
「冒険家になったほうが早いんじゃないのか?」
「もし男に生まれていたら、そうなのかもしれません」
 ヒソップ博士の顔から笑顔が消えました。
「今日だけでいい。私の願いを、聞いてくれないか?」
「私にできることならば」
「あそこまで行って、何かあるか、見てきてほしい」
 博士は吹き抜けの遥か上空にある、窓明かりを指さしました。
「わ、私が一人で行くんですか?」
「頼む!」
 博士は手帳とペンを私に押し付けました。
 癒神エキナスが、コーカスの壁と何らかの関わりを持っていたという証拠がなければ、私は断っていたでしょう。坂道と階段では訳が違います。
 私は六十階のパイさんと、九十五階のヒソップ博士に見守られながら、さらに上を目指しました。

 一三五階までくると、さすがの健脚も悲鳴を上げはじめました。
 でも、光のさす場所はもうすぐそこです。

 一五〇階。私はついに、目的の窓の正面に立ちました。
 窓には透明な板がはまっていて開くことはありません。材質はガラスではなく水晶のようです。