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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第七章】

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 まず、コーカスの西の外れにある海岸へ行きました。市内からつづく長大な壁は、なんと海の中までつづいていました。ある冒険家の記録では、古代の壁は沖の彼方で徐々に高さを低めていき、最後は海中へ没しているとのことでした。残念なことに、壁の果てには船の墓場とされる竜巻海流があって近づけないため、詳しいことは未だにわかっていません。
 次に、壁の高層団地の西端にある、謎の小窓を見学しました。ここが下見の本番です。団地が果てる場所の右斜め遥か上に、窓のような穴が、上に向かってぽつぽつと空いているのです。疎らな点線は肉眼では見えないところまでつづいていました。ヒソップ父娘は「あれは頂上へ行くための階段通路にちがいない」と口を揃えて言っていました。
 問題は、入口がどこにも見当たらないことでした。
 父娘は長年、その入口を探し続けていた。そこへ私がやってきて、可能性の扉を開いたという訳です。

 探検の装備を整えた私たちは、水路道を歩いて、ペンステモン塔へ向かいました。
 噴水池にかかる橋を渡り、塔の一階に来たまではよかったのですが、地下へ通じる道が見当たりません。ペンステモン塔は螺旋階段と展望所があるだけのシンプルな物見塔で、一階の床は硬そうな石が敷きつめてあるだけです。
 ヒソップ博士は身をかがめて敷石を除こうとしましたが、びくともしません。
 ほどなく警備員がやってきて、四人は塔から追い出されてしまいました。

 ヒソップ父娘は噴水池の水面(みなも)を見つめたまま、途方に暮れていました。
「なんか話が上手すぎるような気はしてたよ」
 リンデ君は私に耳打ちしました。
「簡単な秘密なら、とっくの昔に誰かが解いていたでしょうね」
「瞳の奥の血管をたどれ、か……血管、血管、血管とは何だ……」
 博士は独りでぶつぶつ言っています。
 一方、パイさんは池にうつった自分の顔を、悲しげに見つめていました。
「そ、その、こういうことは難しいからやりがいがあるといいますか……」
 私が近づいていって慰めようとしたときでした。
「これだわ!」
「ひっ!?」
 パイさんが急に叫んだので、私は腰がくだけて尻餅をついてしまいました。
「血管は血の管。血はこの水よ。管は水路をさすの」
「たしかにこの池は地下水路の出口の一つだが、潜るにしたって、あの管じゃ細すぎて人は入れないぞ?」
 博士は腕組みして噴水池の底を見つめました。
「出口がだめなら、入口よ」
 パイさんはそう言うと、広場を後にし、水路道をすたすた歩いていきました。
 残された三人は、あわてて少女の後を追いました。

 高層団地の東端、コーカスの壁にあいた穴から噴き出す大量の流水は、『街の方』が晴れた日——壁の近くは年中曇りです——によく七色の橋がかかるため、虹の滝と呼ばれていました。滝の下には滝壺にあたる人工の縦穴があり、きれいな水が一定の水位を保っています。
 私たち四人は滝壺のそばに集まると、深いプールの中を覗きこみました。
 滝壺の底に、太い水道管の口が見えます。
 ヒソップ博士は眉をひそめて言いました。
「潜っていけば通れないこともないが、隙間がないから呼吸ができない。調べるのは無理だな」
「そんな……」
 パイさんは肩を落としました。
「水道管の入口だけでも、調べてこようか?」
 リンデ君は言いました。
「お願い」
 少女は涙目で少年を見上げました。
 照れくさそうに上を向いたリンデ君は、深呼吸すると、滝壺へ飛びこみました。
 しばらくして、少年は水面に顔を出しました。驚きに満ちた表情をしています。
「水路の奥が明るかった……ぼんやりとだけど」
「採光と通気のための小窓がある証拠よ!」
 パイさんは手を打ちました。
 博士は低く言いました。
「まだそうと決まったわけじゃない。夜光を発する淡水魚かもしれないぞ?」
「たしかめてこようか?」
 少年が言うと、博士は首を横にふりました。
「そのままじゃダメだ。水の力をナメてはいかん。そうだな……ちょっと待っててくれ」
 ヒソップ博士は団地のほうへ駆けていきました。
 少しして、ゴム管とロープの束を抱えて戻ってきました。
 博士はロープの先をリンデ君の腰にまきつけ、ゴム管の端をくわえさせました。
「危ないと思ったら、ロープを二度引っ張ってくれ。我々がすぐに引き上げる。無茶はするなよ」
 リンデ君はうなずくと、再び滝壺へ入りました。
 私は遠くのほうにある時計塔の長針を見ていました。三つ進みましたが、ロープを引く合図はありません。
 長針が半回転しました。少年は戻ってきません。
「まさか溺れたんじゃ……」
 パイさんは今にも泣き出しそうです。
 私は寄り添って言いました。
「大丈夫です。彼のエネルギーを感じます。体が弱った様子はないようです」
 そのとき、ロープを引く合図がありました。
 私たち三人は力の限りロープを引っぱり、やがてリンデ君が水面に顔を出しました。
「苦しくない? 怪我してない?」
 真っ先に呼びかけたのは、パイさんでした。
「なんともないよ。でも、博士の言った通り、水の力はすごかった。帰ろうと思ったら、どんどん戻されちゃってさぁ」
 リンデ君は笑いました。
 少女はほっと息をつくと、いつもの口調で言いました。
「冒険譚はいいから、事実を報告してよ」
「ああ、そうだった。驚くなよ? 地下水路の横に歩道があったんだ! 横の壁が黄緑色に光っててなんか恐かったけど、ずっと奥まで行けそうだった」
 水道管の部分はそれほど長くないため、息がつづくと判断したヒソップ博士は、秘密通路探検を決行に踏み切りました。
 ここで、私は重大な見落としがあることに気づき、博士に言いました。
「行きはともかく、帰りはどうするんですか? 他に出口がなければ、猛烈な水流に逆らって泳がなければなりませんよ」
 博士は言いました。
「そこで相談なんだが、君はここで命綱を見張っていてもらいたいんだ」
 滝壺から数十歩東へ行くと、熱帯の大森林サグワーロの末端があります。
 太い木にくくりつけたロープを、誰かにいたずらされないよう見ていてほしい。そして、綱を引くときは団地の人を呼べばいい、という訳です。
「それは、構いませんが……」
 私は視線を落としました。
「あれ? もしかして、がっかりしてる?」
「い、いえ、そんなことは……」
「ここから先は命がけの旅だ。客人を巻きこむわけにはいかないんでね」
「はぁ……」
「やっぱり、行けなくて残念って顔してる」
 博士は微笑みました。
「……」
 どうして私はこう、顔に出てしまうのでしょう。
「じゃあ、俺が見てようか?」
 リンデ君は言いました。
「で、でも……」
「実を言うとさ、暗くて狭いとこ、苦手なんだ。頼もうか迷ってた」
 少年は幼なじみの少女を一瞥しました。
 私は納得しました。妹かそれ以上に思っている人には、できれば自分のパニック状態は見られたくないものです。
 そういうわけで、私とヒソップ父娘の三人で秘密通路を探検することになりました。


 第五十二話 秘密通路と無限階段