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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第六章】

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「私たち癒師には、死を望んでいる人を、助ける義理はありません」
「……」
「天界へ渡ったら、どうかお仲間の神にお伝えください。生きることに悩まねばならない地上で唯一の生き物、人間をもう少しだけお助けください、と」
 私は立ち上がると、部屋のドアへ向かいました。
「待って!」
「……」
 私は足を止めました。
「死にたくない……死にたくないよ……」ラビさんはベッドに泣き崩れました。「でも、どうしていいかわからないの。私の考えてることより、偉い人が本に書いたことのほうが、ずっと本当みたいなんだもの」
「やっと、本音を言ってくれましたね」
 私は引き返して、ラビさんのそばに座りました。
「一つ聞かせてください。あなたが本で学んだことが正しいとすれば、あなたは水も飲んではいけないし、息を吸うこともダメなのではないですか?」
 ラビさんは涙に濡れた顔を起こしました。
「どうして? 水や空気は生き物じゃないから大丈夫でしょ?」
「じめじめした部屋を放っておくと、どうなりますか?」
「カビが生える」
「そのカビはどこにいたと思いますか?」
「さぁ?」
「私たちは空気を吸うだけで、カビを胃液で殺しているのです。それは生きるためなので仕方ありません」
「目に見えないものがそこにあるなんて、信じられない」
「おや? 神や魔法や心霊現象は信じているのに、おかしな話ですね」
「そういえば……」
 ラビさんは難しい顔をして、黙ってしまいました。
 口で説明しても、ラビさんのようなタイプはすぐには変われません。
 私は少し思案した後、言いました。
「では、トランプはお持ちですか?」
「タロットならあるけど」
 ラビさんは机の引き出しを開け、タロットカードを取り出そうとして、顔をしかめました。
「捨てたと思ってたのに……」
 私はトランプの束を受け取ると、シャッフルして、表を伏せたまま一枚引きました。
「では質問です。これは何のカードでしょうか。書棚にあるすべての本を使っていいので、調べてみてください」
 ラビさんは私を睨みました。
「バカにしてるの?」
「いいえ、大真面目です。偉大な書き手なら、どんなことでも知っているかと思いまして」
「そんなの、わかるわけないでしょ?」
「でも、私はこの裏返したカードが何か知っています。なぜでしょう?」
「手品師だってできることよ」
「では、あなたがシャッフルして、お好きなカードを引いてください」
 ラビさんは言われた通りにしました。
 私はベッドの上に伏せられたカードを透視しました。
「それは『ハートの7』です」
 正解を知るラビさんは、不満そうに口をとがらせました。
「あなたは癒師だからできるのよ。天から与えられた特別な才能なんて、ずるいわ」
「ちょっと前まで、私もそう思ってました。特別な才能があるのだから、特別がんばらなくてはならないと。でも、最近は特別な人などいないと考えるようになりました」
「どういうこと?」
「やり方を教えますから、ラビさんも透視してみませんか?」
「できるわけないでしょ?」
「なぜ、はじめからそう決めつけるんですか?」
「……」
「できなかったとき、傷つくのが嫌だ」
「!」
 ラビさんは、持っていた残りのカードを床に投げつけました。
 抑えつけていた感情を解放しはじめたようです。良い傾向です。
「期限は十日間。成功したら、その日から少しずつ何か食べてください」
「しなかったら?」
「あなたの望みを一つだけ、何でも聞きましょう」
「死んでと言ったら、死ぬのね?」
「ええ、それが望みであれば」
「わかったわ。じゃあ、どうやるのか教えて」

 ラビさんは時間が経つのも忘れて透視に挑みました。
 透視の訓練をはじめてから九日間、たまたま当たった一回をのぞけば、すべてハズレでした。

 そして約束の十日目。
 ベッドの上に伏せた一枚のカード。
 緊張するラビさんに、私は一つだけアドバイスを送りました。
「できるのは当たり前だと思ってください」
「そんなこと言われても……」
「天に与えられた才能は人それぞれです。でも、カードを見透すくらいの力は、誰でも持っているんです。できないのは、できないと思い込んでいるからです」
「できるのは当たり前、できるのは当たり前……」
 声が小さくなっていき、やがて部屋は静かになりました。
 ラビさんはカードを見事言い当てました。
 私はさらに四枚のカードを伏せました。
「五回連続で当てたら、誰も偶然とは思わないでしょう」
 ラビさんは小さくうなずき、一枚ずつコールしながらめくっていきました。
 結果は、四枚ともハズレでした。
「そんなはずは……」
 私は肩を落としました。
 ラビさんを包むエネルギーを透視したところ、直感がスムーズに流れているとわかり、確実に当てられると感じたのですが……。
「残念だったわね」
 ラビさんは勝ち誇った顔で言いました。
「約束です。あなたの望みを言ってください」
 私は死を覚悟しました。
「望みは……」
「……」
 私は喉をならしました。
「もっと生きたい」
「えっ?」
「だから、どうしたらいいか言って」
「ラビさん……」
「はやく言って!」
「では、何か食べ物を口にしてください」
 ラビさんはスカートのポケットをまさぐると、ハンカチの包みを取り出しました。開くと乾燥ベリーが一山。
 少女は果実を一粒口にしました。
「本よりも、自分が感じた事の方が偉大だった」
「えっ?」
 直感が外れたのに、どうしてそう悟ったのでしょう?
「本当はね、全部当たってたの。嘘ついて、ごめんなさい」
「……わ、私をからかう余裕があるなら、もう大丈夫ですね」
 私は脱力して、ばふんとベッドに座りこみました。

 帰りの馬車の中で、メリッサさんは私に言いました。
「施術して、すごい能力を見られると思ったのにな」
「がっかりしましたか?」
「ちょっと、ね……」
「自分の力を信じてもらうことが一番大事なんです。能力を使って治療するのは、それが叶わないと判断したときです」
「私の知っている癒師とは、ちょっと違うわね」
「下手に能力があると、そこに頼ってしまいがちです。こちらが何もしなくても病気が治ってくれるなら、それにこしたことはありません」
「何もしなくても?」
「癒師や医師がいなくても、病気が治るなら、それが一番でしょう? 私はこの頃、そういうことについて考えています」
 メリッサさんの四角いメガネが光りました。
「あなたって、きっと……」
「はい?」
「帰ったら、すぐ取材させて! その前にサインも頂戴!」
「は、はぁ?」

 クリスタニア図書館に帰ってきました。
 患者の情報を提供してもらったお礼に、私はメリッサさんの取材を受けることにしました。
 翡翠棟の二階にある喫茶室。その隅を二人で陣取ると、さっそくメリッサさんの質問がはじまりました。
 私は今回の旅で行った施術のことを、順を追って話していきました。