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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第五章】

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「その話はいずれ聞かせてもらおう。今はネトルだ」
 二人はレストラン横の階段を上り、三階に犯人が住んでいると思しき部屋を見つけ、廊下で様子をうかがいました。
「人の気配がないな。留守か」
 オークさんが試しにドアノブをまわすと、簡単に開きました。
 私たちは顔を見合わせると、そっと中へ入りました。
 部屋には家具一つ残っておらず、がらんどうでした。
「情報屋の探りに気づいて逃げたんでしょうか?」
「どうかな。む? これは……」
 オークさんは、床に落ちていた四つ折りの紙切れを拾いました。
 開くと、メッセージだけが書いてあり、記名はありません。
『オークよ。これ以上私を追うつもりなら、ユーカとやらの命はないと思え』
 オークさんは紙切れを握りつぶすと、歯噛みして言いました。
「クッ、奴のほうが上手だったか」
「早く見つけないとユーカさんが……」
「しかし、下手に動けば先手を打たれる」
 そのとき、ふと直感が下りてきて、私は言いました。
「では、オークさんはいったんオピアムを出てください。ネトルがユーカさんを解放するのを待ちましょう」
「なぜ殺さずに解放すると考える?」
「旅の癒師を殺したとなれば、癒術学校が黙っていないでしょう。メンツにかけて最強の捜査隊を出すはずです。いくらネトルが強いといっても、同じ癒術に長けた者を何人も敵にするほど愚かとは思えません」
「たしかに、それは一理あるが……」
 オークさんは渋い表情を崩しません。
「彼を追いこんではなりません。機会があれば、私が直接会ってお話してみます」
「その間に誰かが殺されても、構わないというのか?」
「私たちは癒師です。病んだ人を助けるのが仕事です。まず助けるべきなのは、ネトルなのです」
「……」
 オークさんは惚けた顔で私を見つめていました。
 一方、私も自分で言ったことが理解できないでいました。今日の私はどうしてしまったんでしょう。考えるより先に口が動いてしまうんです。
「フフッ、クックック……」
 オークさんは急に笑いはじめました。
「な、なんですか? 私、おかしなこと言いました?」
「いいや全然。君が旅を終えた後、世の中がどう変わるのか、楽しみになってきたよ」

 オークさんがオピアムを去ってから、狂癒師ネトルの恐ろしい噂は少しずつ下火となり、やがて市民の記憶から薄れていきました。
 癒師が殺されたというニュースはなく、ユーカさんが解放された気配もありません。二人はまだどこかで一緒にいるのでしょうか。
 私は罪悪感と向き合いながら、日々過ごしていました。
 天から受け取った直感は常に正しい。そう教わり、経験から事実だとわかってはいても、何もしないで時機を待つことにこれほど辛抱が要るとは、思いも寄りませんでした。


 第四十一話 病を見て人を見ず

 秋の終わりを知らせる雪虫が舞っています。
 私はいつものように、誰か困ってはいないかと街をぶらついていました。
 ウォールズ国立病院の正門前を通りすぎようとしたとき、中から出てきた脚の悪いお婆さんに目が止まりました。国立病院は大陸でも随一の近代医療機関。抱えている患者の数は王都ジンセンの大病院をもしのぐと言われています。
 お婆さんはとても腹を立てていて、一人でブツブツ小言を口にしています。どうやら担当医師との間で何かあったようです。
 私は思い切って話しかけてみました。
「先生とケンカでもしたんですか?」
「ちょっと聞いておくれよ。一日馬車に乗ってはるばるやってきたってぇのに、ロクに話も聞かんで、ちょっと何か書いただけで、もう帰っていいときたもんだ。患者を何だと思ってるのかねぇ!」
「患者を物に見立てかねない大病院の態度については、私も大いに疑問です」
「そうだろうそうだろう。で、今日は勇気出して聞いたのさ。長くかかるような悪い病気なんですかってね。そしたら何て言ったと思う?」
「さ、さぁ……」
 お婆さんは口をへの字にして、医師の口真似をしました。
「老化なので仕方ありません。薬がなくなったらまた来てください。だって!」
 お婆さんの名はスクレ。オピアムの北西に広がる山々の麓にある、サウスチコリ村の人です。慢性の脚の病気でもう二年も国立病院に通っているのですが、消炎剤の湿布や軟膏を毎度渡されるだけで、いっこうに良くならないとのことでした。
「薬代をぼったくられただけで、何にもならんかった。また働けるようになったらと思ってたけどさ、もう諦めるよ。自分の葬式代ぜんぶ崩して、それでも食いつなげなくなったら、山に捨ててもらうしかないねぇ」
「あ、あの、私でよければ、診させていただけませんか?」
「ああ、あんた、エルダーの癒師だっけ? タダでもって、これ以上悪くしないんなら構わないけどね」
「厳密にはタダではないのですが……」
 私は癒師の報酬について話しました。
「そうかい。じゃあ、一緒にサウスチコリまで来ておくれ。二人メシが三人になったって、どうってことないさね」

 サウスチコリは、チコリ砂漠へつづく山道の手前にある小さな村。北のゲンティアと並ぶ隊商の基地であり、また、山裾に広がる草原を利用した酪農地帯としても知られていました。
 スクレさんは夫と二人暮らしで、小さな養鶏場を営んでいました。スクレさんによると、旦那さんはとてもシャイな方で、余所者の客がやってくると、しばらく姿を見せなくなるとのことでした。
 私はスクレさんを寝室のベッドに寝かせると、両脚に手をかざしていきました。
 症状のおよその見当がつくと、瞑想に入って、スクレさんの魂とつながりました。
 すると、病巣から記憶の洪水がどっと湧きでてきました。
 私は泥混じりの濁流に押し流されていきます。でも慌てません。これは病魔をやっつけたり、浄化したりする類いの病ではない。長居は無用です。
 私はすぐに瞑想を止め、現実に帰ってきました。
「ハァハァ……」
 横になっているスクレさんは言いました。
「なんだい、もうおしまいかい?」
「は、はい。とりあえず、今日の診察は」
「まだ五分も経ってないじゃないか。まさか、病院の冷血先生と同じことを言うんじゃないだろうね?」
「結論から言いますと、治るまでには三ヶ月くらいかかります」
「二年かかってもダメだったのに?」
 スクレさんは驚きと喜びの混じった顔をしています。
「ただし、条件が一つあります」
「条件?」
 スクレさんは起き上がって、身を正しました。
「あなたはここ数年の間、この土地を離れるかどうかで、旦那さんともめていませんでしたか?」
「ど、どうしてそれを……」
「あなたの脚は訴えているのです。この生まれ育ったサウスチコリから離れたくないと」
「!」
 図星だったのでしょう。スクレさんはそれから私を信頼し、包み隠さず話してくれるようになりました。
 旦那さんは苦しい生活から逃れるために、東の都ジンセンに移り住んで、新しい仕事に就こうとしていました。たしかに、老いた体にむち打って養鶏場を営むよりは、勢い盛んな近代都市で雇用されたほうが、お金は効率的に入ります。しかし、好きではじめた仕事や好きで住んでいる場所を失えば、心の底まで貧しくなってしまうでしょう。