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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第五章】

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「わかってるわ」ビットさんは両手で顔を覆って、すすり泣きました。「もっと構ってほしかったのよ。甘えたかったのに……」
「……」
 私はただ黙って待っていました。
 しばらくして彼女は気を取り直し、言葉を継ぎました。
「私の子供時代は、次の子が生まれたときに終わってしまったの。私は母親の補佐役を演じなければならなかった」
 私はイスから立ち上がると、ビットさんに近づいていって手を差し伸べました。
「では、行きましょうか」
「行くって、どこへ?」
「実家にです。本当のことを伝えに」
「む、無理よ! 今さら……」
「あなたのことを話しているとき、ご両親はとても辛そうでしたよ。愛していなかったわけじゃないんです。許してあげてください」
 ビットさんは私にしがみつくと、貧血で倒れるまで泣いていました。

 その日の夕方。
 親子のわだかまりが消えたのを見届け、私はビットさんの実家を後にしました。
 家の門を出ると、ユーカさんが不敵な笑みを浮かべて待ち構えていました。
「癒師は向いてないから、カウンセラーになろうってことかしら?」
「特殊な能力を発揮することだけが癒術じゃないって、私、最近わかったんです」
「たまたま勘が当たったくらいで大きな顔するなんて、素人の証拠よね」
「別に大きな顔なんか……」
「そうやって能力を磨くことをサボってたら、何年旅したって本試験には受からないわね」
「そうかも、しれませんね」
 ユーカさんの顔から怒りの色が消えました。
「な、なによ。認めるっていうの?」
「そりゃあ、本試験には受かりたいですよ。でも、何というか、上手く言えませんが、もっと大事なことを、この旅を通じてつかめそうなんです」
「それ、不合格だったときの言い訳にしたら、在校生の前で笑ってあげるから」
 ユーカさんは高笑いを残して、夕暮れの街に消えていきました。
「ハァ」
 私は疲れてがっくり肩を落としました。
 ユーカさんは一足先に合格した後、仕事を休んでまで、私の本試験につき合うつもりなんでしょうか。試験は授業がある平日に行われ、結果も当日わかるので、落ちたら見事にさらし者です。
「ユーカには困ったものだ」
 私の真後ろで男の声がしました。
「へっ?」
 あわてて身を翻すと、黒衣の美男オークさんが立っていました。
「コホシュ岬以来だな。心配していたが、元気そうでなによりだ」
「ど、どうも……」
「その顔は疑っているな? 最北の地で君と別れてから、私はクレインズに下り、ジンセンから二都山道を通って、ユーカより少し遅れてオピアム入りした」
「そうだったんですか」
「陰から彼女の仕事ぶりを見ていた。希有な能力者だが、一人の人間としては、君よりずっと問題がある」
 ユーカさんへの批判がつづきそうな気がして、私は旅の話題に戻そうとしました。
「あの、私の方はあれから……」
「君の旅の話は後でゆっくり聞こう。それより、狂癒師(きょうゆし)の退治に協力してほしい」
「狂癒師……というと、近頃オピアムで恐れられている、噂の男癒師のことですか?」
「そうだ」
「協力できるなら、是非と言いたいところですけど……私のような下っ端では戦力にならないのでは?」
 オークさんは私の両肩に手を置くと、言いました。
「君は変わった。語らずとも、乗り越えた壁の大きさは伝わってくる。今すぐエルダーに帰ったとしても、本試験には受かるだろう」
「そ、そんなはずは……」
「実を言うと、私は君のことをずいぶん誤解していた。アンジェリカ学長の目は正しかった」
「学長が? 私について何か言ってたんですか?」
「君の旅が終わったら、本人の口から聞けばいい。それより今は、狂癒師の捜索だ」


 第四十話 狂癒師ネトルの行方

 旅癒師の守護を学校から任されているオーク癒師は、ユーカさんの言動を監視する一方、悪事をはたらく堕ちた癒師の行方も追っていました。
 癒師の名はネトル。オークさんと同じ、世にも珍しい去勢した男性の癒師です。
 ネトルは癒師の中でもおそらく最上級の能力者で、見た目は五十歳から六十歳前後、ということ以外、詳しいことはわかっていません。少なくとも癒師ですから、エルダーの癒術学校に在籍していたことは間違いない。それなのに、記録が一つも残っていないというのです。
 オピアム市の地理上の中心である城址公園。そこをとりまくドーナツ状の地区は、かつて魔法の国だった名残から『マジックリング街』と呼ばれており、行政や経済の主な機能が集中していました。
 私とオークさんは、マジックリング街を歩きながら、狂癒師ネトルについて話し合いました。
「同世代の癒師は、彼のことを覚えていないんですか?」
 私の問いに、オークさんは答えました。
「知っていたら、とうの昔に顔が割れ、誰かが捕まえている。私の調査と勘が正しければ、ネトルの本当の年齢は百五十歳くらいだろう」
「ひゃ……」
 平均寿命は国や地域によってばらつきがありますが、長寿といわれるエルダー諸島でも、せいぜい七十五歳くらいです。
「現代の癒術書には載っていない、禁断の癒術というのがある。君も知っているはずだ」
「ま、まさか、忘却の術?」
 その術は古くから存在していましたが、副作用で体の老化を止めてしまうため、自然の摂理に反するとして、ある時期を境に封印されました。
 本来、忘却の術は、虐待などの辛い記憶を封じておくために使います。しかし一歩間違うと、自分が誰かさえわからなくなってしまう危険な業なのです。
「過去に何があったかは知らないが、ネトルはおそらく、自分で自分の時間を止めてしまった。効力はおよそ百年。術が解けたとき、彼の時間もまた動きはじめた。それが今年だったというわけだ」
「当時の辛かったことを全部思い出してしまって、きっとそれを暴力で発散しているんですね」
「私もそう読んでいる。さて、情報屋が言っていたのはここだな」
 オークさんは立ち止まると、レンガ造りの細長い建物を上下に見てたしかめました。
 一階はレストランになっていて、二階から四階はアパートです。
 本通りから二本裏へ入っただけの、そこそこ人通りのある場所に凶悪犯が潜んでいるなんて、私には信じがたいものがありました。
 オークさんは私の顔を見て、小さく笑いました。
「貧民街の奥か地下壕に、アジトでも構えていると思ったか?」
「凶悪犯と聞くと、どうしてもそういうイメージが……」
「癒術は素質をもたない人間には見えない。だから、どう殺そうと証拠など残らない。万一残ったとしても、医学の知識では理解できないだろう。自宅の隣が警察署でも、ネトルには何ら不都合はない」
 癒術の一つに、悪さをする病魔を滅する術があります。それを健康な部分に悪用すると、触れずして人を殺すことも可能なのです。
「天使と悪魔が紙一重だなんて……」
「特別な力を持つというのは、そういうことだ」
「それでは科学と一緒じゃないですか。私は癒術が特別なものだとは思ってません」
「なんだと? それはどういう意味だ」
「いえ……なんでもありません」
 言った私自身が驚いていました。深く考えて口にしたわけではないので、上手く説明できません。