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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第四章】

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 私が水龍の言葉を通訳すると、ランサスさんは立ち上がりました。
「湖の東を囲んでいる山脈の中に、水銀鉱山がある。前からきな臭いと思っていたが、まさか有毒排水をこっそり川に垂れ流していたとはな」
「なんとかならないのでしょうか?」
「簡単さ。俺が新聞社にタレこめばいい。ヤロ湖から流れ出す川は、東西の国の水道や農業を大昔から支えてきたからな。百万人の水が汚染されてるとなると、こりゃ世紀の大スクープだぜ!」
「ところでランサスさん、今後のお仕事のほうは……」
「残った安物石をかき集めたって食っちゃいけない。情報料をごっそりいただいて、ジンセンかオピアムで投資でもやるさ」
「人々の存亡はランサスさんの一手にかかっています。よろしくお願いしますね」
 私はランサスさんの手を取り、ぐっと握りしめました。
 男は顔を赤くして手を振りほどきました。
「余計なプレッシャーかけんな」
 ランサスさんは湖畔の林のほうから自分の黒馬を引いてくると、背中にまたがり、水晶古道を北の方へ駆けていきました。
 男の姿が見えなくなると、私は水龍と向き合い、施術をさせてほしいと申し出ました。
 水龍は黙ったまま長い首を突きだし、砂浜に頭を置きました。
 私は自分の背よりも高い、透きとおった顔に手をかざし、瞑想に入りました。
 一定の形をとらない銀色をした液状の怪物は、これまでの中で一番の難敵でした。焼いたり凍らせたりしても、すぐに勢いを盛り返し、四方八方から私を取りこもうとします。
 このままではジリ貧しかない。そう思ったとき、外部から衝撃を受けて、私は我に返りました。
「魚?」
 私の手の中で、黒っぽい魚が跳ねていました。
 顔がひんやりすると思って触ると、濡れていました。訳は知りませんが、きっと私にぶつかってきたのでしょう。
 水に浸すと、魚はすごい速さで仲間のもとへ帰っていきました。
 湖は水銀で汚染されているのに、元気な魚もいるのか……そう思ったとき、頭の中に閃光が走りました。
 私は湖にざぶざぶ入っていって、魚のエサの一つであろう水草を手にし、中の状態を透視してみました。水銀の怪物はたしかにいますが、黒っぽいベールに包まれて、大人しくしています。
「これだ!」
 私は水草を少しかじって、中に含まれているものを体に覚えさせました。
 水龍のところへ戻って、もう一度施術です。
 瞑想して水龍の魂とつながり、液状怪物と再び対峙しました。
 私は口の中から黒い網を吐き出し、銀色のドロドロした相手を包んでいきました。
 怪物はしばらく暴れていましたが、やがて大人しくなりました。
(見事だった)
 水龍は瞑想からまだ覚めていない私の心に話しかけてきました。
(おまえには特別に、私の記憶を見せてやろう)
 すると、湖ができあがった数億年前から近代に至るまでの主な出来事が、紙芝居のように移り変わっていきました。
 化石でしか見たことのない恐竜の繁栄と隕石落下による絶滅、何度も訪れる氷河期、ほ乳類の繁栄、雨が降らず湖が干上がりそうになってまた大量絶滅、天から下りてくる頭の大きい人々、科学文明が発達しすぎて自ら絶滅、猿から進化した人類の誕生、くり返される戦争、そしてまた科学文明が発達して……。
 あまりの恐ろしさに、私は我に返りました。
「人類は、滅ぶしかないのでしょうか?」
 施術を終えて生気を取り戻した水龍は、ぐいと首をもたげました。
(それはまだ誰にもわからぬ。だが、おまえは食い止める方法を知っている)
「私が? 政治家でもなければ、お金持ちでもない、まだ正式な癒師にさえなっていない、私がですか?」
(おまえは肩書きや権力などにはこだわっていない。自分の思うがまま生きれば、それで役目は果たされる。旅をつづけよ)
 水龍は口の中から、大きなヤロ水晶の玉を吐き出しました。
 施術に対する報酬……だとすれば、あまりに大げさです。
 私は拾って砂を払うと、言いました。
「これはあなたの生命の素じゃないですか。私には受け取れません」
(金のことで心を煩っている場合でもなかろう)
 私の貧乏性など、水の神にはすっかりお見通しでした。
 私は水晶玉に額をつけて礼拝(らいはい)しました。
「必ず、世のために役立てると誓います」
 水龍は目でうなずくと、湖へ帰っていきました。
 

 第三十六話 オピアムへ

 私はヤロ湖沿いの水晶古道を、徒歩で北上していきました。沿道に集落は数えるほどしかなく、釣り用の小舟は持っていても馬はないという家ばかり。
 だらだら続く荒れた坂道を登ること三日。湖から西へ流れるクリスタ川の入口で、ちょっとした山村に出くわしました。
 沿道の菜園で働いていた壮年の婦人に馬のことを聞くと、いるにはいるが、全部個人のもので、送迎の営業はしていないとのこと。
 私は残りの旅費を全部はたいて交渉しました。
 すると婦人は顔色を変え、畑にいた三十歳くらいの息子を急いで呼んできました。
 二人を乗せた馬は、坂を上って二都山道との分岐点へ、そして高原を東へ行って、およそ半日でアイブライト峠にたどり着きました。
 馬を下りた私は、持っていたお金をすべて馬主の青年に渡しました。
 寡黙な青年はぎこちなく微笑んで、今日の宿代分だけ私に返すと、夕日が沈む方へ帰っていきました。
 私は感謝の思いを胸に青年の背中を見送ると、近くの宿を訪ね、そこに一泊することにしました。

 翌朝、宿を出た私は村の西側、ウォールズ国領を歩いていきました。
 国境にまたがるアイブライト村は、昔から交易のさかんな所で、ランサスさんの話によれば、平時は宝石の取引も行われているとのことでした。
 円柱形の古い砦を改造した警察署の隣に、平屋の宝石取引所がありました。
 ドアを開けて中に入ると、木製のカウンターが一つあり、派手な指輪をいくつもはめた、ごつい体の中年男が立っていました。開店してまもないせいか、他にお客はいません。
 男は私を見るなり、不機嫌そうな顔で言いました。
「喫茶店なら三軒隣だ」
「いえ、その……私は石を売りに来たんですけど」
 男は頭をかいて笑顔を見せました。
「ああ、すまんすまん。店の態(なり)が似ているんで、女の客にはよく間違えられるんだ」
 私は店主に促されてイスに座ると、トランクを開け、手に余る大きさの水晶玉を取り出しました。
 男は眉を段にして石を見つめています。
「お客さん、それ、どこで手に入れた?」
 私は用意していた答えを口にしました。
「先日、難病に苦しんでいた、さる高貴な方に施術をさせていただいたのですが、報酬としてどうしても受け取ってほしいと、おっしゃるものですから……」
「なるほどねぇ。では拝見」
 男はルーペを取り出し、青い光の景色が入ったヤロ水晶を調べはじめました。
 本物とわかっているはずなのに、なぜだかドキドキして仕方ありません。嘘をついたという罪悪感のせいでしょうか。
 男は石の観察をつづけながら、言いました。
「取引所なら、ジンセンやオピアムにもあったろうに。なんでまた、こんな山の上なんかを選んだんだ?」
「そ、それは……」想定外の質問に私はどぎまぎしました。「ジンセンから上ってくる途中の、宿場でのことでしたから」