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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第四章】

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 私が北国の森で雪獅子と話したという事実は、これで公には無効となり、今後は誰にも語れなくなってしまいました。
 高笑いを残してオピアムへ向かう、馬上のユーカさん。
 私とプリムさんは黙ってそれを見送りました。
 違反すれすれのゴスロリ黒衣が坂の下に見えなくなると、プリムさんは地団駄を踏みました。
「数を稼いだからなんだっていうのさ!」
 私は言いました。
「ある意味、それは重要なことですよ。ユーカさんはきっと、一人で多くの人口をカバーできる癒師になるでしょう」
「だけどさ、それだけで癒師として上か下かなんて、決めつけるのはおかしいよ。悔しくないの?」
「まだうまく言えませんが、私が望んでいることは、ユーカさんとは違うんです。だから悔しいとか、そういう感情は湧いてきません」
 たとえ、たった一人で一万人の健康を支えられる癒師がいたとしても、通用するのは人が密集する都会だけです。小さな村や集落は、数が少ないからと見捨ててもいいのでしょうか。とはいえ、すべての地域に人を送るとなると、全然数が足りません。
 私はそこに、医術や癒術の限界を感じていました。
 もっといい方法が、きっとあるはずなのです。


 第三十二話 小鳥から一言

 私とプリムさんはアイブライト峠の頂を出発しました。
 旅費を節約するため、下りは徒歩です。
 二都山道の終点、ジンセン郊外までは約三百マース(一マース=約一キロ)の道程。整備された林道を下っていくだけとはいえ、間に宿場は三つしかありません。普通は馬で行くところを歩くわけですから、かなりの強行軍です。
 私とプリムさんは無駄口をはさむことなく、距離を稼ぐことに集中しました。
 ひたすら早く歩くだけという作業は退屈です。下り道にもかかわらず、二人はすぐに疲れを訴えるようになりました。
 行程の半分、第二の宿場まで来たとき、私もプリムさんも疲労でダウンし、回復のために二泊することになってしまいました。肉体疲労のためではありません。気力が萎えてしまったのです。
 私たちはそこで悟りました。
 楽しくなければ、何事も続かないのだと。
 残り半分の行程は、たとえ野宿することになっても、自分たちのペースで歩こうと決めました。

 第二の宿場を出発すると、特にプリムさんに変化が見られました。
 呼吸を一つするたびに顔から疲労の色が消え、森の微かな音にも耳を傾けるようになったのです。
 同じような世界を見ているはずなのに、馬や早足で通り過ぎたときと、ゆっくり歩いている今とでは、感じるものの総量が全然違っていました。
 これが旅の醍醐味、引いては人生の醍醐味なのでしょうか?
 などと考えているとき、前を歩くプリムさんに不思議なことが起こりました。
 方々から小鳥がやってきて、肩や頭の上で休み、何かブツブツ言っては、また飛んでいくのです。
 残念ながら、私の肩には一羽もとまってくれません。プリムさんの方から、こちらをじっと見るだけです。
 私が落ちこんでいると、プリムさんは笑いました。
「おそれ多くて、近寄りがたいんだってさ」
 動物がそこまで複雑な感情を持っているかどうか、私にはわかりません。でも、馬と通じていたプリムさんの言うことですから、軽視はできません。
 半端者の私に対して、おそれ多いだなんて……。
 あの小鳥たちは一体どういうつもりなのでしょう。


 第三十三話 再会を誓う

 私とプリムさんは二都山道を踏破して無事、王都ジンセンにたどり着きました。
 街外れのホテルに一泊した後、癒術学校の先輩ピオニーさんのアパートを訪ねました。しかし、そこにはもう別の人が住んでいて、先輩の行方もわかりませんでした。
 影の守護癒師オークさんの導きで留置場を脱走したのが、二年前の春。時効になっているとは到底思えません。
 長居は無用、というわけで、二人はすぐにジンセン駅へ向かいました。
 汽車に揺られて南へ下ること約半日、深夜のマグワート駅に到着。駅前に宿を見つけ、私たちはベッドに潜りこみました。

 翌朝、私とプリムさんはマグワート港の旅客ターミナルに入りました。
 ここからクラリー港行きの船に乗れば、いよいよ私の故郷、大エルダー島です。
 私は二人分のチケットを買おうと、窓口の列に並びました。
 すると、プリムさんは私の手を引き、首を横にふりました。
「ここまで送ってくれてありがと。あとは一人でやるから」
「一人でって……入試までまだ半年もあるんですよ? 寮に入るまでの間、下宿するところも決めなきゃいけないし……」
「それなら大丈夫。プラム先生の実家を探してそこに転がりこむから」
「ちゃっかりしてますね」
 でも、私の旅立ちの日に、寂しくなると泣いていた両親は喜ぶかも……。
「先生は自分の旅をつづけて」
「気を遣っていただけるのはうれしいですけど、本当に一人で大丈夫ですか?」
「先生の一人旅よりは危なっかしくないと思う」
「ひ、ひどい……」
 頭ごなしに否定できないのが、もどかしいです。
「じゃあ、ちょっと待っててください」
 私は物書き台のところへ行って、両親とアンジェリカ学長に宛てて、それぞれ手紙を書きました。
 プリムさんは手紙を受け取ると、言いました。
「学長に書いた方ってさ、入試で有利になる?」
「……」
 私は黙って首を横にふりました。
「だよね」
 少女は苦笑いしました。
 次の入試は新暦二〇四年、つまり来年の春です。私の長い旅もそこで終わるはずですが、予定より遅れていて、間に合うかどうか微妙なところです。
 私たちは一つの誓いを交わしました。
「次に会うときは、癒術学校の在学生と……」とプリムさん。
「正式な癒師として」と私。
 抱擁を交わすと、プリムさんは一人で改札口の向こうへ消えていきました。
 娘を遠方に送り出す親の気分なのか、急に一人にされて寂しくなったのか。
 私は船のいなくなった波止場に立って、しばらくの間めそめそ泣いていました。


 第三十四話 毒の細道

 さて、旅のつづきです。
 港からマグワート駅に戻ってきた私は、ジンセンまでの切符を買おうと、窓口の列に近づきました。
 すると、くたびれたジャケットを着た青年がやってきて、私に言いました。
「あんた、旅の癒師だろ? 島に帰るところかい?」
「いえ、ちょっと事情があって立ち寄っただけです。これから旅に復帰するところです」
「そいつは丁度よかった。旅立ちのシーズンを外しちまってどうなることか思っていたんだが……帰りじゃないんなら、気兼ねなく頼める」
「あ、あの、いったい何のお話ですか?」
「こっち来な」
 私はランサスと名乗る男についていきました。
 急行列車が出て、人の少なくなった待合室。
 その隅までくると、ランサスさんは言いました。
「ヤロ湖の畔で水晶を採るつもりなんだが、まともに行くと金がかかるだろ?」
「は、はぁ」
 たしかに、マグワートからヤロ湖まで行くとなると、鉄道で北上してジンセンまで行き、二都山道を馬で上ってアイブライト峠を通り、分かれ道をまっすぐ西には行かず、水晶古道を南下していかなくてはなりません。交通費と宿泊費だけでも結構な額になります。
「そこでだ。毒の細道を使いたい」