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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第四章】

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 額から側頭にかけてズキズキと痛くなってきて、吐き気も出てきました。我慢しようと力めば力むほど、症状はひどくなっていきます。
 しばらく唸っていると、手綱をもつプリムさんが心配そうにふり返りました。
「大丈夫?」
「す、すみません。高山病にかかってしまいました」
「癒師なのに、そのくらい自分で治せないの?」
「あぅ……」
 痛いところをつかれました。癒術の基本は、まず自分で自分を癒すことなのですが、これが案外できる人が少ないのです。ナルシストの気がある癒師はまず病気にかからないといいます。となると、私は自己愛が足りないのかもしれません。
 考えようとすると症状はさらに悪くなり、私はプリムさんに答えを返せないまま、もの言わぬお荷物となってしまいました。
 夕方になると山に霧がかかってきて、進み具合がわからず、時間が止まってしまったかのような錯覚に苦しみました。
 視界がほとんどない中、峠の頂を示す石碑の前で、馬は足を止めました。
 私は滑り落ちるようにして馬から下りると、先に立っていたプリムさんにもたれかかりました。
「ほら、これが有名なアイブライト峠だよ」
 プリムさんは石碑を指さします。
 私はこの世の見納めに来たお婆さんのような声で言いました。
「そ、そうですねぇ……」
 夕暮れの雲海でも見られれば元気も湧いてくるのでしょうが、こう真っ白では苦労して上ってきた甲斐がありません。
 いけない、私はここへ観光に来たわけではないのです。早く指定の宿に入って体を休めないと……。
 私はプリムさんから離れたものの、十歩も行けずにひざから崩れ、意識が遠のいていきました。
「先生! 大丈夫? せんせ……」


 第三十一話 アイブライト峠の戦い

 アイブライト峠は、古代の頃から天下を分ける戦略上の大拠点で、ここを取れば大陸(アルニカ半島)を制すると言われてきました。二百年ほど前の最後の大戦では、東軍カスターランドが西軍ウォールズを打ち破り、半島統一を決定づけたのでした。
 アイブライト地区は大昔から開かれた高地で、戦のときは基地として、平和な時代には東西の国を結ぶ中継所として栄えていました。

 私は典型的な高山病にかかっていました。
 気を失って、山小屋風の宿の一室に運ばれた後、まる二日間ベッドから動けずじまい。
 窓の外を見ると、峠の宿場村を訪れた人々が行き来していて、活気がありました。
 一方、プリムさんは食事が済んでやる事がなくなるたび、私のそばにきて癒術の真似事をしました。
「むん! ていっ! おりゃ!」
 少女は、私の痛む頭に両手をかざし息んでいます。
「あー、そうじゃなくて……クッ!?」
 助言したくても、考えると頭が割れるように痛み、言葉が継げません。
 プリムさんは肩を落としました。
「やっぱりエルダーの人じゃないと、ダメなのかな?」
「はくっ……ひうふ……」
 自信をなくしては大変と、口を開いたのですが、声が出ません。
 そのとき、部屋のドアが開き、ひんやりする風とともに一人の女が入ってきました。
「癒術はね、格闘技の気合いとは違うのよ」
 金髪の天然カールに太い白銀縁メガネ、ゴシックロリータ風の黒衣、首筋や手首に巻きつけた貴石(パワーストーン)の数々……校則を破らずによくもここまで目立つ格好ができると、当時は感心したものです。
「ユ、ユーカさん?」
 彼女は癒術学校を主席で卒業した、エルダーの期待の星です。
 ユーカさんは大エルダー島南部のペリウィン出身、私は北部のメドウ出身。毎年秀才を輩出する南部と、稀に大癒師を生みだす北部は、常に比較される運命にありました。在学中、私を含め北部勢の成績は芳しくなく、南部のお姫様はいつも勝ち誇っていました。
 ユーカさんとは、北の都クレインズの駅で一度すれ違っていますが、こんなところでまた出会うとは……。
「ド素人に施術させるなんて、あなた、そこまで堕ちちゃったワケ?」
 ユーカさんは笑いました。
「なによ、あんた!」
 プリムさんは私をかばうように両手を広げました。
「だいたいその子、エルダー人じゃないでしょ? 期待なんかさせて、罪深い人だわ」
「……」
 私は口を結んで耐えました。それについては、まだ大きなことは言えません。
「病人を責めて消耗させるなんて、あんた、それでも癒師?」
 プリムさんの一言で、自信に満ちあふれていた優等生の顔色が変わりました。
「む……なかなか言うわね」
 ユーカさんはため息をつくと、少女がいない方のベッドサイドに歩んで、私の頭に手をかざしました。
 地底の濃密な空気が送られてくるイメージが脳裏をよぎり、私はほどなく楽になりました。
「さすがです」
 持っている能力はやはり、同世代では一番だと思いました。
「当然でしょ。アンジェリカ学長以来の大癒師になるのは私だもの」
 プリムさんは鼻を鳴らして言いました。
「あたしはプラム先生の方が全然上だと思うけど」
「なんですって?」ユーカさんは額に青筋を立てたものの、声を低めて言いました。「能力の差も見破れないようじゃ、やっぱりセンスないわね」
「あたしは、人間としての総合力のことを言ってんの」
「曖昧な要素なんか持ちだしても、説得力ないわ!」
 譲ることを知らない二人の険悪なムード。
 私は耐えきれず、話題を逸らすことにしました。
「あ、あの、ユーカさんはクレインズから直接ここへ来たのですか?」
「そうよ。ジンセンはもう済んだから、次はオピアムね」
 地理の話になると、女たちは落ち着きを取り戻しました。
 そう思ったのもつかの間。
 ユーカさんの顔がみるみるうちに紅潮していきます。
 そして、私を指さしました。
「あなた、嘘ついたでしょ!」
「な、なんのことですか?」
「とぼけないで! 雪獅子とコンタクトを取ったって話よ」
「あれは本当です」
「私でさえ無視されたんだから、あなたのような鈍臭い癒師なんかには、近づくわけがないわ」
「鈍臭いのは否定しませんが、会って話したのは事実です」
「フン。そこまで空言を通すつもりなら、一つ、私と勝負しなさい!」
「勝負、とは?」
「アイブライト峠の宿場には、あなたのように高山病で横になっている患者がたくさんいるわ。で、今日中に一人でも多く癒した方が勝ち。負けた方は相手の主張に従うこと。いいわね?」
「私、競争なんてしたくありません。癒師の本分からも外れています」
「あそう。言いたくなかったけど、仕方ないわね。私、まだ報酬を受け取ってないんだけど?」
 ユーカさんは右手を差し出しました。
「うっ……」
 修行中の癒師は一般市民の家を渡り歩き、治療代のかわりに一宿一飯の報酬をいただくわけですが、癒師同士の場合については、こういった決まり事が存在しません。
 旅費はギリギリ、手持ちの食料はわずかで、下着もボロばかり。癒術書も手放してしまいました。
「それがあなたへの報酬だと、おっしゃるのでしたら……」
 私は仕方なく、ユーカさんの挑戦を受けることにしました。

 宿場村には、高山病の患者が十一人いました。
 結果は、ユーカさんが八人、私が三人を癒しました。